
はじめに
胚の染色体異常(異数性)は生殖補助医療において着床不全、初期流産の主原因とされています。予後予測研究では女性の年齢、BMI、卵巣予備能などの女性因子に注目が集まってきました。母体年齢は胚正倍数性率の最も強力な決定因子であることは確実ですが、男性年齢の影響については議論が分かれており、男女の年齢は相関関係にあるため、男性年齢の評価は困難でした。今回、47,502個の成熟卵子を用いた大規模コホート研究により、男性年齢と精液所見が胚盤胞形成率および正倍数性率に与える影響を検討した研究をご紹介いたします。
ポイント
男性年齢の上昇、低濃度精子、精巣精子使用、凍結精子使用は胚盤胞の正倍数性率低下と関連し、精子運動率低下は受精率・胚盤胞形成率低下と関連しました。
引用文献
Ibrahim Elkhatib, et al. Fertil Steril. 2025;124(5):1006-15. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.06.029.
論文内容
男性年齢と精液所見が胚盤胞形成および正倍数性率に与える影響を検討することを目的としたコホート研究です。2017年7月から2023年8月の期間に、新鮮および凍結した射出精子・精巣精子を用いて実施された5,847周期から得られた47,502個MII卵子を対象としました。主要評価項目は男性関連因子と生殖予後および正倍数性率の関連でした。検討された男性因子には男性年齢、精子由来(精巣vs射出)、精子濃度・運動率・形態などの精液所見、新鮮vs凍結精子の使用が含まれました。女性年齢は交絡因子として解析に組み込み、男性因子が評価項目に与える影響を独立して検証しました。
結果
47,502個の成熟卵子由来5,847周期が解析に含まれました。多変量回帰分析により、低精子濃度(0~1×10⁶/mL vs ≥16×10⁶/mL)と精巣精子使用は受精率、生検胚盤胞当たり正倍数性率、MII卵子当たり正倍数性率の有意な低下と関連していました。また、精子運動率低下(≤25% vs >50~≤75%)は受精率と2PNあたり胚盤胞形成率の有意な低下と関連していました。凍結精子および男性年齢は検査胚盤胞当たり正倍数性率と有意な負の関連を示しました。女性年齢35歳未満では、男性パートナー年齢の上昇は胚盤胞あたり正倍数性率の低下と関連していました(男性年齢≤30歳、>30~≤40歳、>40~≤50歳、>50~≤60歳でそれぞれ58.5%±31.4、52.7%±34.2、49.1%±35.8、51.6%±28.7、P=0.002)。この効果は精子由来、形態、運動率、精子濃度を調整した多変量解析においても、男性年齢>30~≤40歳および>40~≤50歳で≤30歳と比較して有意でした(RR、0.96[95%CI、0.92-0.99]および0.92[95%CI、0.96-0.99])。
私見
先行研究では男性年齢の影響は議論が分かれていました。ドナー卵子を用いたメタアナリシス(Dviri, et al. Hum Reprod Update, 2021)では3つの品の高い研究を検討しましたが、McCoy, et al.(PLoS Genet, 2015)やCarrasquillo, et al.(J Assist Reprod Genet, 2019)では男性年齢と異数性の関連は認められませんでした。一方、Dviri, et al.(Fertil Steril, 2020)は50歳以上の男性でセグメンタルモザイクの有意な増加を報告しており、今回の結果と一致します。
自己卵子周期における検討では、Fouks, et al.(Hum Reprod, 2024)が男性年齢の有意性がありそうな結果でしたが、傾向スコアマッチング後は有意性がありませんでした。
重度男性不妊に関しては、Kahraman, et al.(J Assist Reprod Genet, 2020)やMazzilli, et al.(Fertil Steril, 2017)が低精子濃度例での異数性率増加を報告しており、今回の結果と一致します。凍結精子については、Gil Julià, et al.(Hum Reprod, 2024)が44,000周期超の解析で出生率低下を報告しており、今回示された正倍数性率低下が生物学的基盤を提供している可能性があります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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