
はじめに
鉄欠乏症は世界中の妊婦の大きな割合に影響を与える疾患で、周産期および乳児期の予後に深刻な影響を与える可能性があります。妊娠中は胎盤・胎児発育と母体をサポートするために、鉄必要量が約10倍増加します。しかし妊娠中の鉄状態の縦断的変化の分析は限られています。今回、医療体制が整った国であるアイルランドにおける初産婦を対象とした前向きコホート研究をご紹介いたします。
ポイント
妊娠15週でフェリチン60μg/L以上を目標とし、鉄含有サプリメントの予防的摂取が鉄欠乏症リスクを軽減します。
引用文献
Elaine K McCarthy, et al. Am J Clin Nutr. 2024 Dec;120(5):1259-1268. doi: 10.1016/j.ajcnut.2024.08.010.
論文内容
医療体制が整った国における初産婦の妊娠中の鉄バイオマーカーの縦断的変化を評価し、鉄欠乏症の有病率を検討し、第3三半期の鉄欠乏症を予測する早期妊娠の鉄状態カットオフ値を提案することを目的としたアイルランドでの前向きコホート研究です。
低リスク単胎妊娠の初産婦629名を対象に、妊娠15、20、33週に鉄[フェリチン、sTfR、TBI]および炎症マーカー(CRP、AGP)を測定しました。最初の定期産前検診で貧血(ヘモグロビン<110g/L)があった女性は本解析から除外しました。
結果
参加者はコーカサス人(98.2%)でアイルランド生まれ(80.6%)が多数でした。鉄欠乏症(フェリチン<15μg/L)の有病率は妊娠を通じて増加し、妊娠15、20、33週でそれぞれ4.5%、13.7%、51.2%でした。フェリチン30μg/L未満の閾値を使用すると、これらの時点での欠乏率はそれぞれ20.7%、43.7%、83.8%でした。sTfR>4.4mg/Lの適用では、フェリチン<15μg/Lと類似の有病率データ(それぞれ7.2%、12.6%、60.9%)が得られました。TBI<0mg/kgを使用した場合、欠乏率はフェリチンやsTfRを使用した場合より低くなりました(P<0.001)。カットポイント解析法(ROC 0.750)を使用して、15週でのフェリチン<60μg/Lが33週での鉄欠乏症(フェリチン<15μg/L)の存在を予測するフェリチン閾値として提案されました。鉄含有サプリメント(主にマルチビタミン)の妊娠前/早期妊娠での摂取は、第3三半期を含む妊娠全期間を通じて欠乏リスクの減少と関連していました(OR:0.57; 95%CI:0.39、0.82; P=0.002)。サプリメント摂取者の73.6%が鉄含有製品を使用し、主にマルチビタミン(鉄含有量15-17mg)で、高用量鉄特異的サプリメント使用者は4.3%のみでした。鉄過剰(フェリチン>150μg/L)は3.2%と稀で、サプリメント摂取者と非摂取者間に有意差はありませんでした。
私見
先行研究では、Shao et al.(J Nutr, 2012)が母体フェリチン<15μg/Lで新生児の鉄貯蔵量が低下することを報告しています。サプリメントに関しては、Pe a-Rosas et al.(Cochrane Database, 2015)のメタアナリシスで妊娠中の鉄サプリメントの有効性が示されており、今回の研究でも鉄含有マルチビタミンの予防的効果が確認されました。重要なのは、適切な用量(15-17mg)での鉄サプリメント摂取では鉄過剰のリスクが低い(3.2%)ことで、安全性が確認されています。これはプレコンセプション期からの予防的サプリメント摂取の重要性を示唆していると思っています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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