
はじめに
日本では妊娠中の女性の約10.5%が喘息を患っており、妊娠中に最も多い慢性疾患の一つです。「薬を使うと赤ちゃんに影響があるのでは?」と心配され、治療を中断される方も少なくありませんが、実際にはコントロール不良の喘息の方が母体・胎児により深刻な影響を与えることが明らかになっています。総説がでてきましたのでご紹介させていただきます。
ポイント
妊娠中の喘息治療中断は発作リスクを2倍以上増加させ、母体・胎児の合併症を招くため、医師と相談の上で治療継続が最も重要です。
引用文献
Denton E, et al. Allergy. 2025. doi: 10.1111/all.70087.
論文内容
妊娠中喘息の世界的疫学、病態生理、治療に関するシステマティックレビューです。44か国のデータを解析し、妊娠中喘息が母体・胎児に与える影響と安全な治療選択肢について詳細に検討しました。
妊娠中喘息の疫学
世界的な妊娠中喘息有病率は国により大きく異なり、インドネシアの0.31%から豪州の17.1%まで幅広い分布を示しました。日本では10.5%という中等度の有病率が報告されています。この地域差は診断基準の違い、医療アクセス、遺伝的背景などが影響していると考えられます。
妊娠中の喘息症状変化については、小規模なコホート研究により22-40%の女性で症状が悪化し、43-60%で安定、35%で改善することが示されました。症状悪化は喫煙、高BMI、低教育レベル、低収入と強く関連していました。
周産期リスク
コントロール不良の喘息は深刻な母体・胎児合併症を引き起こします。周産期死亡率は1.14倍に増加し、先天奇形リスクは1.36倍に上昇しました。緊急帝王切開率は1.09-1.29倍、低出生体重児リスクは1.08-1.12倍、NICU入院リスクは1.27倍それぞれ増加することが確認されています。
さらに重要な発見として、妊娠中の喘息発作は上記リスクをさらに増大させることが判明しました。発作を経験した女性では小児喘息発症リスクが1.23倍に増加し、早産、胎児発育不全、妊娠高血圧症候群のリスクも有意に上昇しました。
治療の安全性と重要性
最も注目すべき知見は、妊娠中の吸入ステロイド薬減量・中止が発作リスクを2.29倍増加させるという事実です。これは喘息発作の最も強力な予測因子であり、薬物療法への不安から治療を中断することの危険性を明確に示しています。
薬剤の安全性については、吸入ステロイド薬、短時間作用性β2刺激薬、ICS/LABA配合薬は妊娠中の使用が推奨されています。
ホルモン介在性の呼吸器変化
妊娠中のエストロゲン・プロゲステロン増加により、酸素消費量と分時換気量が増加します。二酸化炭素への化学感受性が高まり、妊娠31週までに最大76%の妊婦で息切れが出現しますが、喘鳴や咳は病的状態を示唆します。
機械的な呼吸器変化
拡大する子宮により横隔膜が約4cm頭側に変位し、機能的残気容量と全肺気量が低下します。ただしFEV1やFVCに変化はないため、異常な肺機能検査を示す妊婦は非妊娠女性と同様に精査が必要です。
妊娠と炎症の変化
妊娠中はT2型炎症への移行が生じ、喘息妊婦の47%で少なくとも一つのT2型炎症マーカーが上昇します。エオタキシン濃度は減少し、好酸球活性の低下が示唆されます。FeNOは気道炎症の客観的指標として有用です。
呼吸器感染症への感受性増大
妊娠中は細胞介在性免疫の低下により呼吸器ウイルス感染のリスクが増加します。
私見
どんな場合でも共通することですが、重要なのは、「完全に安全な薬」を求めるのではなく、「治療しないリスク vs 治療するリスク」を正しく理解すること。有益性を適宜判断することです。妊娠中の喘息管理は、産婦人科医と呼吸器内科医の連携のもと、個々の患者さんの状況に応じた個別化対応が好ましいですね。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。