
はじめに
妊娠関連がん(Pregnancy-Associated Cancer: PAC)は、妊娠中または出産後1年以内に診断されるがんで、約1000妊娠に1例の割合で発生します。最も一般的なPAC診断には、乳がん、甲状腺がん、黒色腫、血液系がん、子宮頸がんが含まれます。母体年齢の上昇に伴い、PACの発生率は増加傾向にあり、2002年の妊娠10万件あたり75.0件から2012年には138.5件に増加しています。
今回、妊娠中期中絶後すぐに妊孕性温存を行った症例をご紹介します。
ポイント
妊娠中期中絶後、β-hCG値が約50 mIU/mL程度まで低下した時点でランダムスタートCOSを開始し、5個の正倍数性胚盤胞を凍結保存することに成功しました。
引用文献
Kim AE, et al. J Assist Reprod Genet. 2026. doi: 10.1007/s10815-025-03775-0.
論文内容
妊娠中期中絶後すぐにランダムスタートCOSと胚凍結保存による妊孕性温存を行った症例報告です。32歳の初産婦が妊娠17週に進行大腸がんと診断されました。緊急化学療法を開始するため、患者は妊娠18週で選択的中絶を受けました。中絶の7日後にGnRHアンタゴニスト法を用いたランダムスタートCOSが開始されました。β-hCG値は52.4 mIU/mLでしたが、卵巣刺激が開始されました。患者のBMIは21.7 kg/m²、5ヶ月前のAMH値は5.3 ng/mLでした。Gonal-F 150単位とMenopur 150単位が1日1回投与され、その後ステップダウン方式で調整されました。刺激11日目に主席卵胞の平均径が21 mmに達した時点で、GnRHアゴニスト4 mgが投与されました。トリガー当日のβ-hCG値は5.9 mIU/mLでした。しかし翌朝LH反応不良でhCG 3300単位を翌夜追加し、hCGトリガーから35時間後に採卵しました。結果
10日間のランダムスタートCOSを経て、総ゴナドトロピン投与量は2050単位でした。トリガー当日のピークE2値は4653 pg/mLでした。合計19個回収卵子、15個MII卵子、11個胚盤胞形成、11個PGT実施し、5個正倍数性、1個高レベルモザイク、残りは異数性でした。
私見
これまでに妊娠第1期中絶後すぐの妊孕性温存のための卵巣刺激の症例報告は7例、妊娠第3期分娩後の症例報告は3例ありますが、本症例は妊娠第2期妊娠後の初めての報告です。
過去の報告では、β-hCGが200 mIU/mL未満になるまで5〜7日間卵巣刺激を遅らせることで、より良好な成績が得られています。妊娠第3期分娩後の3例では、トリガー当日にβ-hCGが200 mIU/mL未満となり、すべての症例で少なくとも1個の胚の凍結保存に成功しています(Gundelach T, et al. J Assist Reprod Genet, 2013; Datar RS, et al. J Gynecol Surg, 2015; Giuliani E, et al. J Assist Reprod Genet, 2019)。
高濃度hCGへの持続的暴露は、顆粒膜細胞上のLH受容体へのhCG結合により早期黄体化を引き起こし、卵子の成熟不全につながる可能性があります。本症例では、β-hCGは中絶後毎日モニタリングされ、52.4 mIU/mL(中絶7日後)の時点で卵巣刺激が開始されました。
不成功に終わった2つの症例では、いずれも開始時β-hCG値が5000 mIU/mL以上でした。Cohade らは、妊娠7週で乳がんと診断され、中絶5日後にβ-hCG約5000 mIU/mLで刺激を開始したものの、採卵時に卵子が採取できなかった症例を報告しています(Cohade C, et al. Gynecol Endocrinol, 2017)。Hamada らの報告では、妊娠5週で急性白血病と診断され、妊娠9週で中絶後1日目に開始時β-hCG 116,420 mIU/mLで刺激を開始し、3個の変性卵子のみが採取され、いずれも受精しませんでした。しかし、初回採卵の5日後に開始時β-hCG 69.3 mIU/mLで2回目の刺激を行ったところ、8個の卵子が採取され、2個のMII卵子と2個の初期胚が凍結保存されました(Hamada H, et al. Gynecol Endocrinol, 2021)。これらの結果は、卵胞発育と卵子発育を最適化するために、迅速なCOSと十分に低いβ-hCGレベルとのバランスを取る必要性を強調しています。
β-hCGの二相性半減期について
β-hCGの低下は二相性のパターンを示します。第1相(分布相)では最初の2日間で半減期が約0.63日(約15時間)と急速に減少します。これは血管内から血管外(組織)へのβ-hCGの再分配が起こるためです。第2相(消失相)ではその後の半減期が約3.85日(約92時間)とゆっくりした減少となります。これは血管内と血管外の濃度が平衡に達した後、主に腎臓からの排泄と代謝による真の体外消失を反映しています(van der Lugt B, et al. Acta Obstet Gynecol Scand, 1985)。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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