研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
全身性イソトレチノイン療法が精液所見に及ぼす影響
英語タイトル
Effect of systemic isotretinoin therapy on semen parameters
Gurel A, 他. Ann Med. 2023 Dec;55(1):2207038. doi: 10.1080/07853890.2023.2207038. PMID: 37162375.
はじめに
男性不妊に対する薬物療法は限られており、実臨床では有効な治療選択肢が少ないのが現状です。特にホルモン療法以外の内科的治療は選択肢が乏しく、新たな治療の可能性が求められています。今回ご紹介するイソトレチノインは、もともとニキビ治療薬として知られ、日本でも自費診療で使用されている薬剤ですが、近年その精子形成への影響が注目されています。本コラムでは、この薬剤が男性の生殖機能に与える影響について解説いたします。
この研究がおもに健常人を対象としたものですが、男性不妊症症例を対象とした研究については別のコラムでのご紹介となります(Amory JK, 他; Andrology、2017)。
研究のポイント
イソトレチノイン治療により、精液量や精子数、運動率などは有意に改善しました。
一方で、精子形態はわずかに悪化する結果でした。
これらの変化は、特に精索静脈瘤を有する患者でより顕著に認められました。
研究の要旨
ビタミンAは、成長、上皮分化、視覚、免疫機能、生殖など多くの生理機能に関与しています。正常な精子形成にはさまざまな因子が関与しますが、ビタミンAはその重要な要素の一つです。イソトレチノインはビタミンA誘導体であり、特に尋常性ざ瘡の治療に広く用いられています。しかし、ヒトにおける全身性イソトレチノイン療法後の精液所見の変化については十分な検討がなされていません。
この研究では、尋常性ざ瘡に対してイソトレチノイン治療を予定した男性46例を対象としました。治療前に精索静脈瘤の有無を評価し、治療前および6か月後に精液検査を行いました。精液量、精子濃度、総精子数、前進運動率、生存率、形態の変化を検討しました。
その結果、イソトレチノイン治療後には精液量、精子濃度、総精子数、前進運動率、生存率はいずれも有意に増加しましたが、精子形態は有意に低下しました。また、精索静脈瘤を有する患者では、これらの変化がより顕著に認められ、特に精子濃度の改善は有意に大きい結果でした。
以上より、イソトレチノインは精子形態には負の影響を及ぼす一方で、それ以外の精液所見には改善効果を示すことが示唆されました。
図.イソトレチノインの効果


私見と解説
男性不妊に対する薬物療法が限られている現状において、本研究は非常に興味深い結果を示しています。精子濃度や総精子数、運動率といった主要な精液所見が改善している点は、新たな治療の可能性を示唆するものです。特に、精索静脈瘤症例でより変化が大きかった点は、酸化ストレスの関与という観点からも注目されます。
しかしながら、本研究はもともとニキビ治療を受ける比較的の健康な若年を対象としています。図に示したように精液所見が良好な状態の男性を対象としており、明確な男性不妊患者を対象としたものではありません。そのため、本研究の結果をそのまま男性不妊症例に当てはめてよいかどうかについては慎重な解釈が必要です。実際の不妊患者において同様の効果が得られるかどうかは、この研究からは明らかではありません。
さらに、本薬剤は女性が用いた場合に強い催奇形性を有することが知られており、米国では厳格な管理体制のもとで使用されている薬剤です。一方、日本では医薬品として承認されておらず、厚生労働省も個人輸入などによる自己判断での使用に対して厳しく注意喚起を行っています。また、本研究では精子形態の低下も認められており、安全性や長期的影響についても十分な検討が必要です。
したがって、本治療は有望な可能性を示す一方で、現時点では男性不妊治療として一般的に推奨できる段階にはなく、今後の臨床研究の蓄積を待ちながら慎重に評価すべき治療と考えます。
# イソトレチノインの作用機序
1. ビタミンA(レチノイド)としての作用
イソトレチノインはビタミンA誘導体であり、体内でレチノイン酸として作用します。
レチノイン酸は精子形成(spermatogenesis)に必須とされています。
精原細胞が分化し、精子形成が開始される過程に関与します。
血液―精巣関門やシグナル伝達にも重要な役割を果たします。
2. 抗酸化作用(特に精索静脈瘤との関連)
精索静脈瘤では酸化ストレスや活性酸素が増加。
イソトレチノインは
→ 抗酸化システムを活性化
→ 活性酸素を減少させる
→ 結果として精子数・運動率などの改善につながる可能性
3. 皮脂腺抑制・抗炎症作用(本来の作用)
もともとの適応であるニキビ治療としては
皮脂腺の活動抑制
抗炎症作用
免疫調整作用
が知られています
→これらが全身的な炎症や環境改善を通じて間接的に精子環境にも影響している可能性
4. 形態への影響(負の作用)
精子形態は悪化(正常形態率の低下)が認められています。
作用機序は明確ではありませんがレチノイド過剰による分化異常などが推測されています。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。