
はじめに
エストロゲン受容体陽性乳がん患者の妊孕性温存ではレトロゾール併用調節卵巣刺激(COS)が用いられますが、レトロゾール持続投与下では未成熟卵子の比率増加や成熟卵子凍結数の減少が報告されており、排卵能獲得への影響が懸念されています。今回、マウス卵胞の体外培養系を用いて、レトロゾール持続曝露が排卵応答性に及ぼす影響を検討した基礎研究をご紹介いたします。
ポイント
レトロゾール持続曝露はマウス卵胞の発育には影響せず、エストロゲン欠乏を介してLhcgr発現を抑制し排卵応答性を用量依存的に低下させました。
引用文献
Tatsuya Kobayashi, et al. Reprod Med Biol. 2026;25(1):e70047. doi: 10.1002/rmb2.70047.
論文内容
レトロゾールによる持続的アロマターゼ阻害が卵胞の周排卵期応答性を低下させるかを、マウス卵胞の体外培養系を用いて検討した基礎研究です。
実験系としては、性成熟前のマウス(21~24日齢)から卵巣を摘出し、その中から直径150~200μmの初期胞状卵胞を1個ずつ取り出して、96ウェルプレートで1ウェルに1卵胞ずつ個別に培養します。培地にはrFSHが添加されており、5日間かけて卵胞は約300μmまで発育します。培養5日目にhCGとhEGFを加えると、卵胞が破裂して卵丘卵子複合体(COC)を放出する「体外排卵」が観察できます。本研究ではこの培養期間全体(5日間)にわたってレトロゾール(0.01、0.1、1μM)または溶媒を添加し、排卵応答性と関連遺伝子発現を評価しました。
結果
レトロゾールは卵胞生存率および発育(直径)に影響しませんでした。成熟卵胞(直径≥300μmかつ形態正常)の割合も溶媒群42.9%(15/35)、0.01μM群48.2%(13/27)、0.1μM群51.7%(15/29)、1μM群50.0%(14/28)で、有意な用量依存性傾向は認められませんでした。培養5日目のエストラジオール(E2)濃度は溶媒群で175.2±60.0pg/mLであった一方、0.1μMレトロゾール群では検出限界(20pg/mL)未満まで低下しました。一方、排卵率は用量依存的に低下し、溶媒群60.0%から、0.01μM群38.5%、0.1μM群6.67%、1μM群0.0%となりました(n=15,13,15,14、Cochran–Armitage傾向検定、p<0.0001)。0.1μMレトロゾール処理卵胞に対する外因性E2補充では、排卵率が4.2%から100pg/mL E2で16%、250pg/mL E2で30%へと改善しました(n=24,27,23,25、Cochran–Armitage検定、p<0.01)。RT-qPCR解析では、hCG/hEGF刺激16時間後の0.1μMレトロゾール群においてLhcgr(p<0.01)、Runx1(p<0.05)、Ptgs2(p<0.01)のmRNA発現が溶媒群と比較して有意に低下し、E2同時投与によりこれらの発現は溶媒群レベルまで回復しました。一方、Foxo1のmRNA発現はレトロゾール群で有意に増加し(p<0.05)、E2補充により減弱しました。Lhcgr、Ptgs2、Runx1のΔCt値間には正の相関が認められ(Lhcgr-Ptgs2:R=0.55、p=0.0003、Lhcgr-Runx1:R=0.71、p<0.0001、Ptgs2-Runx1:R=0.77、p<0.0001)、Foxo1はPtgs2(R=−0.56、p=0.0013)およびRunx1(R=−0.51、p=0.0037)と負の相関を示しました。
私見
マウス卵胞は単離して個別に体外培養することで、卵胞発育からhCGトリガーによる排卵までの一連の過程を試験管内で再現することが可能であり、本研究はこの培養系を用いて、レトロゾール持続曝露が「卵胞発育自体には影響しないものの、排卵能獲得を妨げる」ことを明確に示しました。臨床のレトロゾール併用COSでは未成熟卵子比率の増加(K. Oktay, et al. J Clin Oncol, 2005)や、成熟卵子凍結数の減少(C. Sonigo, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol X, 2019)がすでに報告されており、本基礎データはこれらの臨床所見と整合的です。メカニズムとしては、エストロゲン欠乏により顆粒膜細胞のLhcgr発現とその下流(Ptgs2、Runx1)が抑制されることが示され、これはアロマターゼ欠損マウスやエストロゲン受容体β欠損マウスでみられる排卵障害(K. Toda, et al. Endocrinology, 2012、K. F. Rodriguez, et al. Endocrinology, 2010)と一致する所見です。臨床面で重要な点は、本研究が卵胞発育の全期間にわたるレトロゾール持続曝露条件であることです。
一般的な臨床プロトコルでは、Gn投与開始日からトリガー前日までという限定された投与であり、本研究のような「全期間曝露」とは異なります。それでも臨床的な示唆として以下の点に注意が必要と考えられます。
なお、アンドロゲン合成阻害薬の併用では排卵が回復せず、E2補充でのみ回復したことから、アンドロゲン過剰よりもエストロゲン欠乏自体が主要因と考えられます。マウスモデルゆえヒトへの直接外挿には限界がありますが、刺激プロトコルの設計とトリガー判断、患者説明において意識しておくべき重要な基礎データといえます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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