研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
男性の身体活動と妊孕能(1周期あたりの妊娠確率)に関する前向き研究
英語タイトル
A prospective study of male physical activity and fecundability
Citation(PubMed)
Wise LA, 他. Hum Reprod. 2025;40(2):360-371. doi:10.1093/humrep/deae275. PMID: 39680487.
はじめに
健康維持のために運動が推奨される一方、男性の生殖機能との関係については、とりわけ自転車走行による会陰部の圧迫や精巣温度の上昇が以前から懸念されてきました。運動の強度・時間やサドルの種類によって影響が異なる可能性も指摘されています。しかし、これまでの研究は小規模なものや不妊治療中の患者を対象としたものが中心で、一般集団における「妊娠のしやすさ(妊孕能)」への影響は十分に明らかにされていませんでした。本研究は、デンマークと北米の2つの大規模な前向きコホートを用い、多くの交絡因子を調整したうえで、自転車走行を含む身体活動が実際の妊娠確率に及ぼす影響を検討した重要な報告です。
研究のポイント
- 激しい運動・中程度の運動・総活動量といった一般的な身体活動と男性の妊孕能との間には、北米・デンマークいずれのコホートでも一貫した負の関連は認められませんでした。日常的な運動そのものが妊娠のしやすさを大きく損なう可能性は低いと考えられます。
- 自転車走行では「サドルの種類」が鍵となりました。週3時間以上の走行でも「ハードなレーシングサドル」では妊孕能への悪影響は認められなかった一方、「ソフトなコンフォートサドル」の使用は妊孕能の低下と関連する可能性が示唆されました。
- とくにBMIが25 kg/m²以上の男性では、ソフトサドル使用に伴う妊孕能低下の傾向がより明確であり、サドルによる物理的な圧迫と体格との相互作用が影響している可能性が示されました。
研究の要旨
研究目的
男性の身体活動(PA)が妊孕能(1周期あたりの妊娠確率)とどの程度関連するかを明らかにすること。
主な回答
受精前(プレコンセプション期)の激しい運動・中程度の運動・総活動量は、デンマークと北米のコホート間で妊孕能との一貫した関連を示しませんでした。一方、「ソフトなコンフォートサドル」を用いた週3時間以上の自転車走行は、両コホートで妊孕能の低下と関連する可能性が示唆され、この傾向はBMIの高い男性でより顕著でした。
既知の知見
中程度の運動は男性の生殖機能を改善する可能性がある一方、激しい運動、とりわけ自転車走行は精液所見に悪影響を及ぼしうることが一部の研究で示されてきました。
研究デザイン・規模・期間
デンマーク(SnartForaeldre.dk:SF、2011–2023年)と北米(Pregnancy Study Online:PRESTO、2013–2024年)の2つの前向きコホートに参加し、登録時の妊活期間が6周期以下であった男性4,921名(SF 1,088名、PRESTO 3,833名)を解析対象としました。
参加者・方法
登録時に男性は既往歴・生活習慣・身体計測値・身体活動量、および自転車のサドルの種類などを回答しました。女性パートナーを最長12か月間、8週間ごとに追跡して妊娠状況を確認しました。比例確率回帰モデルを用い、交絡因子を調整した妊孕能比(fecundability ratio:FR)と95%信頼区間(CI)を推定しました。
主な結果
デンマーク(SF)では激しい運動や総活動量が妊孕能と負の関連を示したものの、北米(PRESTO)では認められず、全体として一貫性はありませんでした。一方、週3時間以上の自転車走行のうち「ソフトなコンフォートサドル」の使用は、両コホートで妊孕能の低下と関連しました(SF:FR 0.75、95% CI 0.53–1.05;PRESTO:FR 0.81、95% CI 0.62–1.07)。「ハードなレーシングサドル」ではこうした低下は認められませんでした(SF:FR 1.16、95% CI 0.95–1.41;PRESTO:FR 1.06、95% CI 0.89–1.28)。さらにBMI ≥25 kg/m²の男性では、ソフトサドル使用による関連が同程度かより強くみられました(SF:FR 0.75、95% CI 0.45–1.24;PRESTO:FR 0.73、95% CI 0.52–1.03)。
結論
自転車走行が男性の妊孕能に及ぼす影響を評価する際には、サドルの種類とBMIの寄与を考慮することが重要であると示されました。
妊孕能への影響が最も明瞭であった「サドルの種類」と「BMI」の相互作用(週3時間以上の走行)
| サドルの種類 | BMI | コホート | 調整後 妊孕能比(FR) | 95%信頼区間(CI) |
|---|---|---|---|---|
| ソフトサドル | <25 kg/m² | SF(デンマーク) | 0.91 | 0.55–1.50 |
| <25 kg/m² | PRESTO(北米) | 1.07 | 0.67–1.69 | |
| ≥25 kg/m² | SF(デンマーク) | 0.75 | 0.45–1.24 | |
| ≥25 kg/m² | PRESTO(北米) | 0.73 | 0.52–1.03 | |
| ハードサドル | <25 kg/m² | SF(デンマーク) | 1.01 | 0.76–1.33 |
| <25 kg/m² | PRESTO(北米) | 1.09 | 0.84–1.40 | |
| ≥25 kg/m² | SF(デンマーク) | 1.37 | 1.00–1.88 | |
| ≥25 kg/m² | PRESTO(北米) | 0.96 | 0.74–1.26 |
※ FRが1未満(例:0.73)は、自転車に乗らない群と比べて1周期あたりの妊娠確率が約27%低いことを示す点推定値です。ただし、ソフトサドルに関する主要な推定値はいずれも95%信頼区間が1をまたいでおり、統計学的に確定した差ではない点に留意が必要です。
特記事項:BMI<25の群ではソフトサドルによる明らかな低下は認められませんが、BMI ≥25の群では両コホートで一貫して妊孕能が低下しています。対照的に、ハードサドルでは高BMI群でも妊孕能の低下は認められませんでした。
私見と解説
今回の研究を読み解くうえで核となるのは、ソフトサドル使用時の妊孕能比(FR)の95%信頼区間が「1」をまたいでいるにもかかわらず、なぜこれを軽視できない「示唆的な関連」として捉えるべきか、という点です。その根拠は、背景の異なるデンマークと北米という2つの独立したコホートで、点推定値がそろって0.7〜0.8の低下を示し、しかも週3時間以上という用量反応的な傾向や、BMIの高い層でより明瞭になるという整合性のあるパターンが観察されたことにあります。単一の研究における「有意差の有無」よりも、こうした結果の再現性と一貫性を重視する姿勢は、近年の疫学研究の解釈の潮流とも合致します。
一方で、付け加えておくべき点があります。それは「なぜハードサドルではなくソフトサドルで悪影響がみられたのか」という機序が、いまだ十分に説明できていないことです。むしろ、これまでの生体力学的な研究の多くは、レーシング型のハードサドルのほうが会陰部への圧力が高いことを示しており、ソフトサドルのほうが有害だという今回の結果とは一見矛盾します。著者らは、柔らかいクッション素材が座面で「盛り上がり(bunching)」を起こし、坐骨で体重を支える代わりに陰部動脈や神経を直接圧迫して血流障害や局所の温度上昇を招く、という仮説を提示していますが、これはあくまで一つの推論であり、確立した機序ではありません。従来報告されてきた精液所見への悪影響が、おもに(ハードサドルを用いることの多い)競技サイクリストで認められてきたこととも、完全には整合しません。
実臨床への示唆としては、妊娠を望む男性、とりわけBMIが高めの方に対して、自転車走行そのものを中止させるのではなく、まず「サドルの見直し」を具体的に提案することが現実的でしょう。坐骨をしっかり支える幅・形状のサドルへの変更や、走行姿勢・ハンドル高の調整などが候補になります。快適さを求めて選んだソフトサドルが、体格によってはかえって生殖機能に「ハード」な負荷をかけている可能性がある――という点は、患者さんにも伝わりやすいメッセージだと思います。
ただし解釈には慎重さも必要です。本研究は観察研究であり因果関係を証明するものではないこと、身体活動の評価が登録時の1回のみで季節変動や習慣の変化が反映されていないこと、主要な関連の信頼区間が1をまたいでいること、そして対象の多くが妊娠を計画する非ヒスパニック系白人であり一般化には限界があること――これらには留意が必要です。今後、サドルの形状・サイズや走行姿勢まで含めた詳細な検討が進めば、より個別化された妊活指導につながることが期待されます。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
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