
はじめに
ICSIは1992年に重度男性不妊や前周期の受精障害を克服する目的で導入された技術ですが、近年は精液所見が正常な症例にも適応が拡大しています。米国では1996年に36.4%であったICSI使用率が2012年には76.2%まで上昇し、特に男性不妊以外の症例での使用増加が顕著です。しかしICSIには追加コスト・労力・技術が必要であり、出生率改善のエビデンスがない適応への使用は再考が求められています。今回、ASRMおよびSARTのPractice Committeeから2020年版を改訂した新たな委員会意見が発表されましたのでご紹介いたします。
ポイント
男性不妊以外のICSIルーチン適応は推奨されず、PGT-M・既往受精障害・凍結融解卵子への使用に限定されます。
引用文献
Practice Committees of the American Society for Reproductive Medicine and the Society for Assisted Reproductive Technology. Fertil Steril. 2026. doi: 10.1016/j.fertnstert.2026.03.032
論文内容
各適応における Summary Statement(一覧)
| 適応 | エビデンスの結論 |
|---|---|
| 原因不明不妊 | 一部の研究で受精率上昇は認められるが、出生率改善は示されていない |
| 卵子質不良 | ICSIが出生率を改善するかを評価した研究は存在しない |
| 卵巣予備能低下 低採卵数 高年女性 | 受精率・出生率の改善なし |
| 既往受精障害 (従来媒精) | 次周期での受精率改善が期待できる |
| ルーチン使用 (全例ICSI) | 男性不妊・既往受精障害がない場合、出生率改善なし |
| PGT-A | 出生率・正倍数性率・胚数の改善なし |
| PGT-M | 外因性精子混入による誤診断回避のため使用は妥当 |
| IVM卵子 | 受精率は改善するが、着床率・臨床妊娠率はむしろ従来媒精で良好。出生率データは不足 |
| 凍結融解卵子 | 受精達成のため標準的だが、支持データは限定的 |
| 児予後 | ICSIで先天奇形リスクのわずかな上昇が報告されているが、男性不妊以外へ当てはまるかは不明 |
全体まとめ
ICSIは「受精障害回避」目的での拡大適応が世界的に広まりましたが、本委員会レビューが示す全体像は以下のとおりです。
男性不妊以外の症例において、ICSIによる受精率改善が認められる場面はあるものの、最終アウトカムである出生率の改善は示されていません。卵巣予備能低下・高年女性・低採卵数といった「卵子側の理由」によるICSI選択は、受精率・出生率いずれも改善しません。一方、既往受精障害があった場合に限り、次周期でのICSI使用は受精率改善に有効です。PGT-Aにおける自動的ICSI使用は、正倍数性率・出生率の改善に寄与せず、IVM・凍結融解卵子については、ICSIが標準的に用いられているものの、出生率に関する十分なエビデンスは未確立です。児予後については、ICSIで先天奇形リスクの軽度上昇が報告されてきたものの、近年のRCTや発達アウトカム解析では男性不妊以外症例で安全性への懸念は確認されていません。
結論
委員会の最終的な推奨は明確です。
| 区分 | 適応 |
|---|---|
| ✕ 推奨されないICSI適応 | 男性不妊以外のルーチンICSI/原因不明不妊/低採卵数/卵巣予備能低下/高年女性/PGT-A |
| 〇 ICSIが妥当となりうる適応(男性不妊以外) | PGT-M(外因性精子混入による誤診断回避)/従来媒精での既往受精障害・低受精/凍結融解卵子の受精 |
経済的観点からも、男性不妊以外の適応でのICSIは、従来媒精と比較して出生率改善のエビデンスが限定的または欠如しているにもかかわらず、追加コスト・労力・技術を要するため、コスト負担の妥当性を慎重に検討する必要があります。
私見
ICSI拡大適応の根拠とされてきた「受精障害回避」という代替アウトカムは、最終的に重要な出生率に必ずしも結びつかないという視点が改めて強調されています。Dang VQ, et al. Lancet. 2021、Wang Y, et al. Lancet. 2024、Berntsen S, et al. Nat Med. 2025という近年の3つの大規模RCTが揃って出生率改善なしを示し、SART CORSデータを用いたGingold JA, et al. F S Rep. 2024、Boulet SL, et al. JAMA. 2015の大規模集団研究では、むしろICSI群で出生率がやや低い可能性が示されており、ルーチンICSIへの懐疑的姿勢には十分な根拠があります。
卵巣予備能低下例に対するICSIについても、Drakopoulos P, et al. J Assist Reprod Genet. 2019の欧州多施設研究(4,891例)が卵巣反応性別解析でも有益性を示せなかったことは、低反応・採卵数少数を理由としたICSI選択を見直す根拠となります。一方で、Van Der Westerlaken L, et al. Fertil Steril. 2005の姉妹卵研究は既往完全受精障害症例における次周期ICSIの妥当性を支持しており、適応の絞り込みが重要であることが分かります。
PGT-AにおけるICSI使用についても、Iwamoto A, et al. Fertil Steril. 2022、Tozour JN, et al. Fertil Steril. 2024、Patel K, et al. Fertil Steril. 2023が一貫して正倍数性率や出生率の改善を示しておらず、NGS時代における精子混入リスクは限定的という解釈が広まっています。
児予後については、Bonduelle M, et al. Hum Reprod. 2005とHansen M, et al. N Engl J Med. 2002の先行報告がICSIと先天奇形リスク上昇との関連を示唆していましたが、男性側因子の交絡が排除できないという限界がありました。今回は新しくBerntsen S, et al. Nat Med. 2025のRCTとKennedy AL, et al. BMC Med. 2025の発達アウトカム解析が追加引用されています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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