
はじめに
ガラス化は着床前発生に悪影響を及ぼし、細胞質内の脂肪滴(LD:lipid droplet)を減少させることが知られています。LDは細胞膜の材料であると同時にエネルギー源としても働き、着床前胚の発生能を支えています。融解液への脂肪酸(FA:fatty acid)添加は、この減少したLDをβ酸化経路を介して回復させ、発生能を改善すると報告されてきました。すでにヒトの初期分割期胚では融解時のFA添加で妊娠予後が改善することが示されていましたが、胚盤胞での有効性は不明でした。今回、Kato Ladies Clinicから報告されたFA添加融解液の基礎・臨床研究をご紹介いたします。
ポイント
脂肪酸添加融解液は胚盤胞のアウトグロースを促進し、単一凍結融解胚盤胞移植(SVBT)後の着床率・臨床妊娠率・継続妊娠率を有意に上昇させました。
引用文献
Sawado A, et al. Sci Rep. 2024 Apr 23;14:9343. doi: 10.1038/s41598-024-60136-0.
論文内容
in vitroアウトグロースモデルを用いてFA融解後のヒト胚盤胞の生存性を検討し、あわせて単一凍結融解胚盤胞移植(SVBT)後の妊娠予後を評価することを目的としています。
基礎研究では、同意の得られたカップルから研究目的で提供された廃棄予定のガラス化ヒト胚盤胞446個を用いました。胚盤胞をFA添加融解液(FA群)または非添加融解液(対照群)で融解しました。
臨床研究では、自然周期でSVBTを受けた女性の治療記録を後方視的に解析しました。予後に影響する複数の共変量(過去の採卵周期数・胚移植回数・SVBT当日の子宮内膜厚)を用いて傾向スコアマッチングを行い、最終的にFA群・対照群を1:1(各1324人)でマッチさせました。
「アウトグロース」とは、透明帯を外した胚盤胞をフィブロネクチンを塗ったシャーレに置いて培養し、栄養膜細胞が外側へ広がっていく様子を観察する手法です。広がった面積(アウトグロース面積)が大きいほど着床能が高いと評価され、いったん広がった後に面積が10%以上縮む現象を「アウトグロース変性(細胞が弱って退縮する)」と呼びます。
結果
基礎研究
融解直後の胚盤胞を比べると、脂肪滴(LD)の量を示すNile red蛍光強度はFA群で有意に高く、減っていたLDがFA添加で回復したことが確認されました。次にアウトグロース培養では、胚盤胞がシャーレに「くっつく割合(接着率)」は両群で同等でしたが、くっついた後に「どれだけ広がったか(96時間後のアウトグロース面積)」はFA群で有意に大きくなりました(21.3 vs. 25.2×10⁴µm²;P=0.0428)。さらに、いったん広がった細胞が弱って縮む「アウトグロース変性」の発生率はFA群で有意に低く(32.0% vs. 21.1%;P=0.0158)、細胞死の指標であるAnnexin V陽性細胞も栄養膜外層で減少していました。つまり、FA添加は「広がりやすさ」を高め、「途中で弱って縮むこと」を防ぐ方向に働いていました。これらの効果は若年・day 5・良好形態の胚で明瞭で、高齢・day 6・不良形態の胚では乏しく、予後不良胚はミトコンドリア膜電位が低い(P=0.0047)ことも示されました。
臨床研究の結果
SVBTを受けた患者を比較したところ、着床率(46.2% vs. 50.5%;P=0.0266)、臨床妊娠率(41.7% vs. 46.8%;P=0.0088)、継続妊娠率(35.1% vs. 40.0%;P=0.0091)が、いずれもFA群で有意に上昇しました。一方、生化学流産率(9.7% vs. 7.4%;P=0.1447)および初期流産率(15.8% vs. 14.6%;P=0.5841)は両群で同等でした。
サブグループでは、day 4-5胚や良好形態胚でFA群の妊娠率が高い一方、day 6-7胚や不良形態胚では差がなく、基礎研究と一致して「良好予後胚でより効く」結果でした。以上より、FA添加融解液は基礎・臨床の両面で胚盤胞の生存性と妊娠予後を改善することが示されました。
私見
機序仮説は次のとおりです。①ガラス化により減ったLDが、融解時のFA添加で細胞質内に回復する(Nile red蛍光強度が有意に上昇)。②回復したLDはミトコンドリアと接してβ酸化(脂肪を燃やしてATPを産生する経路)の基質となり、着床期に必要なエネルギーを供給する。③その結果、栄養膜細胞(特に外層)のアポトーシスが抑制され、アウトグロースが促進される。④臨床的に着床・妊娠率が改善する。なお分子機構の詳細は未解明と明記されており、この経路は論文内の仮説(である点に留意が必要です。
当院も同じKitazato社のガラス化システムを用いており、VT526(FA添加)への切り替えは良好予後例で恩恵がえられている印象があります。融解方法も徐々に変化します。適宜自施設にあった方法を中長期予後を見ながら模索していきたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。