
はじめに
DHA(ドコサヘキサエン酸)は青魚などに多く含まれる油(オメガ3系脂肪酸)の一種で、細胞の「膜」をやわらかくする働きがあります。ヒトはこの油を体内で作れないため、食事から摂る必要があります。精子の膜にはDHAのような油が豊富に含まれていて、やわらかくしなやかな膜が、良い精子を作るために必要だと考えられてきました。逆に、肉の脂や揚げ物・加工食品に多い脂(飽和脂肪酸・トランス脂肪酸)の摂りすぎは、精子の状態を悪くし不妊と関連するといわれます。 ただし「DHAをどうやって膜に取り込むのか」という仕組みはよくわかっていませんでした。本研究は、DHAを精子の膜に組み込む“担当酵素”であるLPAAT3に注目し、この酵素がないマウスの精子がどうなるかを調べた、基礎的な動物研究です。
ポイント
DHAは「食べて体に入れる」だけでは不十分で、膜に組み込む酵素LPAAT3が必要です。この酵素を欠いたマウスでは精子のDHAが大きく減り、精子が完成する最終段階でうまく仕上げができず、形がいびつになり強い不妊になりました。
引用文献
Iizuka-Hishikawa Y, et al. J Biol Chem. 2017;292(29):12065-12076. doi: 10.1074/jbc.M117.791277
論文内容
DHAを膜のリン脂質に組み込む酵素LPAAT3(別名AGPAT3)が、体の中で、特に精子形成でどんな役割を持つのかを調べることを目的としたマウス基礎研究です。
方法として、LPAAT3を働かなくしたマウス(KOマウス)を作り、精巣の中でDHAなどがどれだけ膜に取り込まれているかを精密測定(質量分析)で調べました。あわせて精子の数・精巣の重さ・男性ホルモン(テストステロン、LH、FSH)、精子の自然死(アポトーシス)、体外受精や精子と卵子が融合する力を評価し、電子顕微鏡で精子の形や精巣の組織を詳しく観察しました。さらに、膜のやわらかさ(変形しやすさ)を調べる実験も行いました。
結果
LPAAT3はおもに精子細胞とLeydig細胞に現れ、精子が成熟するにつれて増えていました。KOマウスの精巣では、DHAを膜に組み込む働きが大きく低下し、DHAを含むリン脂質が著明に減っていました。精子が成熟する過程では本来DHAが増えていくのですが、KOではその増加が強く抑えられていました。 オスのKOマウスは自然交配では子どもができず、不妊でした。精子の数は正常マウスの約半分でしたが、精巣の重さやホルモン値はほぼ正常で、精子の自然死にも差はありませんでした。体外受精では、正常な精子が卵子の90%以上を受精させたのに対し、KO精子は1つも受精させませんでした(0%)。透明帯を外して精子と直接融合させる実験でも、正常が100±0%だったのに対しKOは8.5±9.6%とほとんど融合できませんでした。つまり不妊の原因は「数が少ないこと」よりも「精子そのものの力がないこと」でした。 形を調べると、KO精子の約90%が頭部が後ろに折れ曲がっていました。精子が完成するとき、本来は周囲のSertoli細胞との“つながり”が外され、余分な細胞質(頭の周りの不要な中身)が取り除かれます。ところがKO精子では、このつながりや余分な中身が頭の周りに残ったままになっていました。電子顕微鏡でも余剰の細胞質が頭部に残っていることが確認されました。膜のやわらかさを調べる実験では、DHAを含む膜が最もやわらかく変形しやすいことが示され、DHAが膜の“しなやかさ”を生み出していることが裏づけられました。
私見
この論文の一番のメッセージは、「DHAは摂ればよい、という単純な話ではない」という点です。ポイントは、大切なのが油の“摂取量”だけではなく、その油を膜に“組み込む仕組み”だということです。ヒトでも、トランス脂肪酸を多く摂る人ほど総精子数が少ない(Chavarro JE, et al. Hum Reprod. 2014)、飽和脂肪酸を多く摂ると精液所見が悪い(Jensen TK, et al. Am J Clin Nutr. 2013)といった報告があります。著者らは、肉の脂・揚げ物・加工食品に偏りオメガ3脂肪酸が少ない食生活が、近年の男性不妊の増加と関係している可能性を指摘しています。
食事の見直しは“害が少なく、理にかなった土台づくり”として位置づけ、過度な期待や偏った摂取は避けるのが現実的と考えます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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