はじめに
レトロゾールの卵胞発育・一般不妊治療への影響を様々な角度から検討しました。最後に少しマニアックではありますが、卵胞発育への作用機序についてご説明させていただきます。
レトロゾールを不妊治療に使用することは、FDA(アメリカ食品医薬品局)では承認されていません。それにもかかわらず、レトロゾールは米国産科婦人科学会によってPCOS女性における無排卵の第一選択薬として推奨されており、下記の表のような用途で一般的に使用されています。今回は基礎分野を少し避けながら、卵胞サイズとアンドロゲンとの関係にフォーカスしてレトロゾールの卵胞発育への作用機序と使用方法について、下記論文を参考にしながら説明したいと思います。
ポイント
レトロゾールは卵胞液中のアンドロゲンレベルを上昇させることで、小卵胞期のアンドロゲン受容体を介した卵胞発育促進作用があります。月経周期早期からの投与により、顆粒膜細胞の有糸分裂やFSH受容体の誘導を促進し、卵子の質にも影響を与える可能性があります。
引用文献
Bruce I Rose, et al. J Assist Reprod Genet. 2020 DOI: 10.1007/s10815-020-01892-6.
論文内容
| レトロゾールの適応 | レトロゾール服用のタイミングと量 |
|---|---|
| PCOS患者などの経口卵巣刺激 | 月経周期の3~7日目にレトロゾール2.5~7.5mgを投与 |
| ホルモン受容体陽性乳がん患者の体外受精治療 | 月経周期の2日目または3日目に開始するレトロゾール5mg/日、成熟のためにトリガされるまで、2日後にゴナドトロピンが続く月経周期の2日目または3日目に開始します。 |
| 卵巣予備能が低下した患者の体外受精治療 | アンタゴニスト体外受精サイクル中に高用量FSHと同時に開始する。 2.5~5mgを5日間投与 |
| 体外成熟(IVM)患者のためのプライミング | 低用量FSHを伴う月経周期3~7日目に2.5~5mgを5日目に開始 |
排卵障害なく自然に卵胞発育する月経周期では、卵胞発育は通常下記のようなスピードで大きくなるとされています。
- 2~5mmの卵胞:1日平均0.6mm
- 5~10mmの卵胞:1日平均1mm
- 10~16mmの卵胞:1日平均1.2mm
- 排卵前の卵胞(14mm以上)の卵胞:1.5~2mm/日で成長
レトロゾールを服用することで、卵胞液中のアンドロゲンレベルを上昇させる作用があります。ではアンドロゲンは卵胞にどのように作用するのでしょうか。
アンドロゲンは前胞状卵胞の成長を促進し、また前胞状卵胞やごく初期の胞状卵胞の萎縮を抑制します。前胞状卵胞が2mmの胞状卵胞に成長するのに必要な期間は約3ヶ月です。胞状腔(0.1~0.2mm)が2mmの胞状卵胞に成長するのに約65日かかるとされています。
アンドロゲン受容体の数が最も多いのは3~6mmの胞状卵胞です。胞状卵胞が成長するにつれアンドロゲン受容体は減少します。7mm未満の胞状腔は、アンドロゲン優位となっています。アンドロゲン受容体を介し胞状卵胞の顆粒膜細胞は数千個から約1,000万個の細胞へ増加させていきます。卵胞は、成長・分化を続け、約1週間後に約50,000万個の顆粒膜細胞塊を形成します。
古典的なステロイドアンドロゲンホルモンのシグナル伝達は、胞状卵胞中期からは活発ではなく、顆粒膜細胞の有糸分裂と卵胞成長のメカニズムは、主にアンドロゲン受容体が存在する時期に制御されていると考えられています。
月経3~5日で服用されたレトロゾールは、小さい胞状卵胞の卵胞内アンドロゲンレベルを増加させます。この時期の小さい胞状卵胞はアンドロゲン受容体を多く備えており、この時にアンドロゲンレベルが増加することで卵子とクロストークし卵子の質にも影響すると考えられる顆粒膜細胞の有糸分裂やFSH受容体の誘導が促進します。
卵胞を拡大し、アンドロゲン受容体が急激に減少するとアンドロゲンレベルの上昇の利点がなくなってしまいます。
早期に胞状卵胞がFSHやアンドロゲンに曝露されることは卵子の質を低下させないと考えられていますので、レトロゾールによるアンドロゲンレベルの上昇を服用周期に与える影響を最大化するために、月経周期の早い時期からのレトロゾール服用は理にかなっていると考えられます。
レトロゾールは不妊治療の説明の際に、「アロマターゼ阻害剤はエストロゲンを低い状態に保つのでネガティブフィードバックがかかりFSH、LHが増加し卵胞発育を促すんだよ」と通常説明されますが、それ以外にもこのようなメカニズムがあるのです。面白いですね。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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