はじめに
当院では全例タイムラプスで観察していますが、胚盤胞をどこまで移植する受精胚とするかは臨床医として最大の悩みです。患者様は体外受精では妊娠率の向上を求めて治療をしています。ただ、妊娠・出産を一名でも多くの家族にという観点で治療にあたる私たちは「この胚盤胞だとほぼ妊娠しないだろうな。でもゼロではないよな。どうしたもんかな。」と思う瞬間が日常茶飯事としてあります。こういう理由もありクリニックによって胚移植をする基準が設けられています。当院の場合は、絶対的な信頼をおいている胚培養士と方針を決めます。
現在では、「体外培養後6日目までで拡張胚盤胞となり一定の細胞数が担保されているもの」というラインを定めています。今回ご紹介する論文は、胚盤胞の大きさを数値的に解析し妊娠との関連をみた報告です。
ポイント
5日目朝で拡張胚盤胞になっていれば妊娠率が高く、胚盤胞の幅や面積が大きいほど臨床妊娠率が上昇します。胚盤胞拡大率が高い場合は正倍数性胚である確率が高く、低い場合は異数性胚である確率が高くなります。
引用文献
Scirio R, et al. J Assist Reprod Genet. 2021. DOI: 10.1007/s10815-021-02071-x.
論文内容
体外受精/顕微授精周期において胚盤胞面積と最大幅の形態学的評価が妊娠成績と関連しているかどうかを評価することとしました。単一胚盤胞移植を実施した664名の女性を対象とした後方視的研究。EmbryoScopeの描画ツールを使用して、最大胚盤胞幅と胚盤胞面積を測定しました。
結果
- 胚盤胞幅[中央値(範囲)μm]
妊娠女性:184(125-239)vs.非妊娠女性:160(120-230) - 胚盤胞面積[中央値(範囲)μm²]
妊娠女性:26099(1201-45280)vs.非妊娠女性:22251(10992-37931)
妊娠女性が有意に大きい傾向にありました(P<0.01)。
単変量ロジスティック回帰を行ったところ、胚盤胞幅[(OR=1.026、95%CI=(1.019、1.033)]は有意であり(P<0.01)、胚盤胞幅が1μm増加するごとに、臨床妊娠は2.6%増加していました。胚盤胞面積[(OR=1.00008、95%CI=(1.00006、1.00011)]でも有意差をみとめています(P<0.01)。胚盤胞面積が1μm²増加するごとに、臨床妊娠は0.008%増加しました。
注意点
この研究は、顕微授精した時間、媒精した時間をゼロとして5日目の朝、受精後約112~118時間に大きさを測ったもので6日胚盤胞は対象からはずれています。
私見
「5日目朝で拡張胚盤胞になっていたら、妊娠率が高いよ」という論文ですが、6日目ならどうなんでしょうね。とても興味深いところです。
Huangらによる最近の報告では、胚盤胞の拡大率が高い場合と低い場合では、正常胚と異数胚率が顕著に異なることを報告しています。胚盤胞拡大率が高い領域(>20,000μm²)では、正倍数性胚盤胞である確率が高く(P=0.0039)、対照的に、胚盤胞拡大率が低い(<15,000μm²)場合では異数性受精胚である確率が高くなりました(P=0.0030)。今回ご紹介した論文と同様の傾向です。
現在の胚盤胞評価は様々な評価法がありますが、培養士の目による部分が強く主観的な評価になりがちです(細胞数の多さ、フラグメンテーションの割合、細胞大きさの均一性など)。今後、ここはAIでの評価にどんどん置き換わっていくと思いますが、現段階では「なぜ移植するか、廃棄するか」をクリニックごとに明確に示すことが患者様の信頼につながっていくと考えています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。