はじめに
全胚凍結はOHSS予防やPGT-A実施以外にも「移植あたりの成績が高い」「採卵の合併症も少ない」といった観点から、我々医療者が患者様に提供しやすい選択肢です。
全胚凍結と決めてしまえば、卵巣刺激の選択肢も増えます。poor responderの方にはクロミッド連日内服で内膜が薄くなっても問題ありませんし、複数卵を取りたい方にはPPOSなどが使えます。
デメリットはあるのでしょうか。私個人としては、必要のない医療介入は極力減らしたいという観点から「必要のない凍結や内膜作成は避けたい」と思います。何より「妊娠・出産までの時間」が凍結を挟むことにより長くなる可能性があります。さまざまなバイアスが入りますので、判断が難しくなってきます。もとより計画されたデザインの研究でないと答えが出ないと思います。
ポイント
初回体外受精における新鮮胚移植と凍結融解胚移植では、単一胚盤胞移植で凍結融解胚移植の出生率が高いとする報告もあるが、累積出生率では差がありません。
引用文献
① Yuhua Shi, et al. N Engl J Med. 2018. DOI: 10.1056/NEJMoa1705334.
② Daimin Wei, et al. Lancet. 2019. DOI: 10.1016/S0140-6736(18)32843-5.
論文内容
①Yuhua Shi, et al. N Engl J Med. 2018. DOI: 10.1056/NEJMoa1705334.
多施設共同無作為化試験。初めて体外受精を行う2157名の女性を新鮮胚移植または胚凍結保存後に凍結融解胚移植のいずれかに無作為に割り付けました。各被験者には最大2個の初期胚が移植されました。主要評価項目は初回の胚移植後の出生率としました。
結果
出生率は、凍結融解胚移植群と新鮮胚移植群で有意な差はありませんでした(それぞれ48.7%と50.2%、相対リスク0.97、95%CI, 0.89~1.06、P=0.50)。着床率、臨床的妊娠率、流産率、継続妊娠率にもグループ間で有意な差はありませんでした。凍結融解胚移植は新鮮胚移植に比べて卵巣過剰刺激症候群のリスクが有意に低くなりました(0.6% vs. 2.0%、相対リスク0.32、95%CI, 0.14~0.74、P=0.005)。周産期・新生児の合併症やその他の有害事象のリスクは、両群間で有意な差は認めませんでした。
新鮮胚移植と凍結融解胚移植との間で、出生率に有意な差はありませんでしたが、凍結融解胚移植の方が卵巣過剰刺激症候群のリスクが低くなりました。
②Daimin Wei, et al. Lancet. 2019. DOI: 10.1016/S0140-6736(18)32843-5.
多施設共同無作為化試験。2016年8月1日から2017年6月3日までに、初回体外受精を実施する女性1650名を対象としています。新鮮単一胚盤胞移植または凍結融解単一胚盤胞移植のいずれかに無作為に割り付けられています。凍結胚盤胞移植に割り当てられた女性は、すべての胚盤胞を凍結保存し、次周期以降に単一胚盤胞移植を行っています。主要評価項目は単胎出生率でした。解析はintention to treat法を用いました。
結果
825名の女性が各群に割り付けられました。凍結融解単一胚盤胞移植は、新鮮単一胚盤胞移植よりも単胎生児の出生率が高くなりました(416[50%] vs. 329[40%]、相対リスク[RR]1.26、95%CI 1.14-1.41、p<0.0001)。中等度または重度の卵巣過剰刺激症候群(凍結融解単一胚盤胞移植では825例中4例[0.5%]、新鮮単一胚盤胞移植では825例中9例[1.1%]、p=0.16)、流産率(凍結融解単一胚盤胞移植では583例中134例[23.0%]、新鮮単一胚盤胞移植では481例中124例[25.8%]、p=0.29)、その他の周産期合併症、新生児の罹患率は両群間で同等でした。凍結単一胚盤胞移植は子癇前症の高いリスクと関連していました(512例中16例[3.1%] vs. 401例中4例[1.0%]、RR 3.13、95%CI 1.06-9.30、p=0.029)。
凍結融解単一胚盤胞移植は新鮮単一胚盤胞移植よりも単胎出生率が高くなりました。凍結融解胚盤胞移植後に子癇前症のリスクが高まることは、更なる研究が必要と考えられています。
凍結胚移植群の初回凍結融解胚移植後の妊娠率は825例中439例(53%)であったのに対し、新鮮胚移植後に初回凍結融解胚移植を行った場合の妊娠率は825例中546例(66%)となりました(p=0.0001)。また、最初の2回の移植後の累積生児数を調べました。凍結融解胚移植を繰り返し行った群が825名中587名[71%]の出生数、新鮮胚移植を行って2回目は凍結融解胚移植を行った場合の出生数は825名中546名[66%]と凍結融解を2回行った方の出生率が高くなっていました(p=0.030)。
私見
①の論文は約1000件ずつの比較検証です。ビッグデータですし現在でもよく使用されるGnRHアンタゴニスト法(total ゴナドトロピン量1500単位前後)と一般的な治療法です。この論文は28歳前後の若年女性であった点、そして初期胚といえども平均1.9個移植していることが原則単一胚移植を行う私たちとは異なる点ですね。結果として17%前後の女性が多胎として出産されています。
②の論文も約800件ずつの比較検証です。同様にGnRHアンタゴニスト法(total ゴナドトロピン量1600単位前後)と一般的な治療法です。28歳前後の若年女性が対象でした。intention to treat法でしたが単胎率が98%前後と日本の現在の治療法に近い結論となっています。ともにNEJM、Lancetと有名雑誌に掲載されているのが納得できる内容で、私自身が新鮮胚移植を見直し始めたきっかけになった論文になりました。ただし、この2本の論文は、共に排卵障害がない若年女性を対象にしています。
現在まで他の無作為化比較試験では下記の3報あります。
- OHSSのリスクが高い女性を対象に比較した試験(Ferrarettiら. 1999)
- 卵胞数が正常である女性を対象とした試験(Shapiroら、2011)
- PCOS女性を対象とした試験(Chenら、2016)
これらの研究を元としたシステマティックレビューおよびメタアナリシスでは、累積出生率、すなわち卵巣刺激を伴う1サイクルの新鮮または凍結胚の移植後に生児出生に至る割合に初回、新鮮胚・凍結胚で差がないこと、凍結融解胚移植群の方がOHSSリスクは低いことが示されています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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