はじめに
生殖補助医療において人工知能(AI)を用いた胚評価システムの導入が進んでいます。タイムラプス培養システムの普及により、着床前胚発育の連続観察が可能となり、これらの形態動態パラメーターを用いた胚選択モデルが開発されています。深層学習ベースの自動スコアリングシステムであるiDAScoreは妊娠予後予測に優れた性能を示していますが、その評価基準は「ブラックボックス」として不透明な部分が残されていました。今回、iDAScore v1.0と胚の形態動態および形態学的変化との関連を詳細に解析した報告をご紹介いたします。
ポイント
iDAScoreは胚の形態動態および形態学的変化(特にコンパクション期から胚盤胞期)と有意に関連しており、深層学習モデルベースの胚選択において患者に対する説得力のある説明を提供することが可能です。
引用文献
Kenji Ezoe, et al. Reprod Biomed Online. 2022 Dec;45(6):1124-1132. doi: 10.1016/j.rbmo.2022.08.098.
論文内容
深層学習ベースのスコアリングシステムであるiDAScoreと着床前期の生物学的事象との関連を調査することを目的としたレトロスペクティブ観察研究です。2019年10月から2020年12月に、クエン酸クロミフェンベースの最小刺激周期で採卵を受け、拡張胚盤胞まで発育した925人の患者を対象としました。受精、分割期、コンパクション期、胚盤胞期における形態動態および形態学的変化とiDAScoreとの関連を解析しました。
結果
細胞質ハロの持続時間は低スコア胚盤胞で有意に延長していました(P < 0.0001)。雌雄前核破綻のタイミングは、高スコア胚盤胞と比較して低スコア胚盤胞で有意に遅延していました(いずれもP < 0.0001)。三分割、多分割、急速分割、逆分割、または非対称分割を示す受精胚は、正常分割の受精胚よりも低いスコアを示しました(P < 0.0001–0.0098)。培養2日目および3日目の細胞数と割球フラグメンテーション量はiDAScoreと有意に関連していました(P < 0.0001–0.0008)。低スコア受精胚ではコンパクション、胚盤胞形成、胚盤胞拡張の遅延が観察されました(すべてP < 0.0001)。受精胚コンパクション時の割球除外および排出の発生率は、高スコア受精胚と比較して低スコア受精胚で有意に高くなっていました(いずれもP ≤ 0.0001)。胚盤胞形態はiDAScoreと有意に関連していました(P < 0.0001)。重回帰分析により、胚盤胞期への変換期における形態動態および形態学的事象がiDAScoreと強く関連することが明らかになりました(P < 0.0001–0.0116)。
私見
この研究の最大の強みは、iDAScoreのトレーニングデータに画像を提供した国内施設による検証であることです。これにより人種差の影響を最小限に抑えた解析が可能となっています。従来の胚評価法で重要視されてきた細胞質ハロー持続時間、前核破綻タイミング、異常分割パターン、フラグメンテーション率、コンパクション動態などの各種パラメーターが、AIスコアリングシステムでも適切に評価されていることが確認されました。
先行研究においても、細胞質ハロ延長は胚質低下と関連する(Coticchio et al. Hum Reprod, 2018)、前核破綻遅延は着床率・出生率低下と相関する(Azzarello et al. Hum Reprod, 2012)、異常分割パターンは妊娠予後不良と関連する(Meseguer et al. Hum Reprod, 2011)といった報告がありますが、今回の結果はこれらの知見と一致しています。
一方で、この施設がiDAScore開発過程で大量の胚画像を提供していたため、このクリニックの評価基準が強く反映されている可能性も考慮する必要があります。また、最小刺激周期のみでの解析であるため、他の刺激法での再現性についても今後の検討が必要です。深層学習モデルの解釈可能性向上は重要な課題であり、このような検証研究は患者への適切な説明のために不可欠です。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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