治療予後・その他

2025.06.25

FGRに対する低分子量ヘパリン治療は妊娠期間を延長しない(Am J Obstet Gynecol. 2025)

はじめに

胎児発育不全(FGR)は、胎盤機能不全が主な原因とされています。3割程度の症例は妊娠早期に発症し、早発性FGRは周産期死亡や新生児合併症と関連します。現在は、詳細なモニタリングを行い適切な時期での分娩介入が標準的治療法とされており、妊娠中の有効な治療法は存在しません。低分子ヘパリンには胎盤血流改善と血管新生促進作用があり、過去のメタアナリシスでは「予防」効果が示されていましたが、FGRに対する「治療」効果のエビデンスは限定的です。FGRに対する「治療」効果を検証したランダム化比較試験をご紹介いたします。

ポイント

妊娠20-31週で診断されたFGRに対する予防的投与量の低分子ヘパリン治療は、プラセボと比較して妊娠期間の延長効果を示さず、治療としては推奨されません。

引用文献

Alba González, et al. Am J Obstet Gynecol. 2025 Jun;232(6):552.e1-552.e10. doi: 10.1016/j.ajog.2024.10.055.

論文内容

早発性FGRにおける低分子量ヘパリン(LMWH)の予防的投与による妊娠期間延長効果を検討した多施設共同、三重盲検、並行群間ランダム化第III相臨床試験です。スペインの2大学病院で実施され、修正デルファイコンセンサスに従って早発性胎盤性FGRと診断された単胎妊娠(妊娠20週0日から31週6日)を対象としました。診断時からベミパリン3,500 IU/0.2 mL/日の皮下投与またはプラセボを分娩まで投与しました。

主要評価項目は診断から生児出産までの妊娠期間延長日数と生児出産時の妊娠週数でした。副次評価項目は周産期死亡率、妊娠34週未満の早産、新生児アシドーシス(動脈血pH<7.10、塩基過剰<12 mEq/L)、5分後Apgarスコア<7のどれかが起こる割合として定義されました。

結果

49例が組み入れられました(LMWH群23例、プラセボ群26例)。介入開始時期は両群で中央値約28-29週でした。LMWH群の妊娠期間延長中央値は42日、プラセボ群は41.5日で、中央値の差は0.5日(95%CI -2.7~6.3、P=0.667)でした。LMWH群の分娩時妊娠週数中央値は35.1週、プラセボ群は34.6週で、中央値の差は0.5週(95%CI -3.4~1.2、P=0.639)でした。副次評価項目発生率はプラセボ群で16例(61.5%)、LMWH群で14例(60.9%)でした。LMWH群における調整オッズ比は1.36(95%CI 0.36-5)でした。妊娠高血圧症候群のLMWH群における調整オッズ比は一般:0.69(95%CI 0.21-2.2)、重症:0.91(95%信頼区間0.22-3.75)でした。安全性に関して両群間で差は認められませんでした。

項目プラセボ群LMWH群
死産2例(7.7%)0例(0%)
34週未満分娩12例(46.2%)10例(43.5%)
新生児アシドーシス7例(29.2%)4例(17.4%)
5分Apgar<75例(20.8%)1例(4.3%)
新生児死亡4例(15.4%)1例(4.3%)
周産期死亡6例(23.1%)1例(4.3%)

私見

Cruz-Lemini らのメタアナリシス(2022)での改善効果(妊娠高血圧症候群28%減少、small-for-gestational age児39%減少)は、主に予防的使用(ハイリスク女性への妊娠初期からの投与)の結果でした。しかし、方法論的問題(1:多くが非盲検・非プラセボ対照試験、2:研究の質が低い、3:LMWH と低用量アスピリンの併用が多く単独効果が不明、4:FGR定義や介入時期が研究間で不統一)がありました。実際、Rodger らの個別患者データメタアナリシス(2016)では統計学的有意差は認められていません(相対リスク0.64、95%CI 0.36-1.11)。

もちろん、介入時期を早期にすること、投与量を増加させることで結果が変わってくる可能性はありますが、現在のところ、FGRに対する低分子ヘパリンは「予防効果はあっても治療効果なし」というのが結論のようです。

文責:川井清考(WFC group CEO)

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# アスピリン、ヘパリン

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