治療予後・その他

2025.07.25

高齢化における生殖補助医療の倫理的考慮:Ethics Committee opinion(Fertil Steril. 2025)

はじめに

父親・母親の年齢上昇が続いており、50代、60代での出産も増加傾向にあります。この傾向は、高齢出産に関する社会的受容性の向上とメディアでの肯定的な報道が影響していると考えられています。一方で、高齢での生殖には母体・父体・生まれてくる子どもに対する様々なリスクが存在することが明らかになっています。高齢での生殖補助医療の倫理的考慮事項について、ASRMのEthics Committee opinionをご紹介いたします。

ポイント

高齢での生殖補助医療には、子への健康リスク、妊娠合併症リスク、早期の親の喪失リスクが存在し、各施設は年齢制限に関する明確な方針策定が必要です。

引用文献

Ethics Committee of the American Society for Reproductive Medicine, et al. Fertil Steril. 2025. doi: 10.1016/j.fertnstert.2025.03.031

論文内容

高齢での生殖補助医療の倫理的考慮事項について、ASRMのEthics Committee opinionです。高齢出産を希望する夫婦・個人に対する生殖医療提供における倫理的、医学的、心理学的考慮事項を検討し、年齢制限に関する方針策定のガイダンスを提供することを目的としています。

結果

高齢での生殖補助医療に関連するリスクは三つの主要カテゴリーに分類されます。

第一に、高齢者の配偶子使用に伴う子への健康リスクです。

父親の高齢化は精子のDNA断片化や新しい突然変異の蓄積により、自閉症スペクトラム障害、統合失調症、双極性障害などの発症リスクを増加させます。父親年齢が1歳上がるごとに、新しい突然変異は約4%増加することが報告されています。40歳代から徐々にリスク上昇がはじまり、連続的にリスク上昇するとされています。

母親の高齢化は胎児異常、死産、産科合併症のリスクを増加させ、特に50歳以上での妊娠では妊娠高血圧症候群が33.3%、妊娠糖尿病が29.6%、37週未満での早産が37%に達します。

第二に、高齢妊娠時の健康リスクです。

45歳以上の女性では高血圧性疾患、妊娠糖尿病、子宮内胎児発育不全が有意に増加し、50歳以上ではこれらのリスクがさらに高くなります。

第三に、高齢親による子育てにおける心理社会的リスクです。
50歳で出産した父親が子どもの18歳までに死亡する確率は21.7%、60歳では39%となり、母親ではそれぞれ13.8%、27.5%となります。これは全米平均の3.5%を大幅に上回っています。

子どもが18歳になるまでに親が死亡するリスク(出生時の親の年齢別)

母親の出生時年齢(歳)子が18歳までに死亡するリスク(%)父親の出生時年齢(歳)子が18歳までに死亡するリスク(%)
252.6255.3
303.5306.5
354.8358.3
406.84011.0
459.34515.7
5013.85021.7
5519.25529.0
6027.56039.0
6536.36552.6
7057.67069.8
7573.17582.9

私見

本論文は高齢年齢夫婦における生殖補助医療の提供について、従来の母体年齢のみに着目した議論から、父親年齢も含めた包括的な視点で検討している点が非常に重要です。

本ASRMのEthics Committee opinionは、性別に関係なく平等な年齢制限の必要性を提起しており、今後の生殖医療の方針策定において重要な指針となると考えられます。

一方で、親の挙児希望の自由と生まれてくる子どもの福祉のバランスをいかに取るかという根本的な倫理的課題については、今後も継続的な議論が重要だと考えさせられます。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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