
はじめに
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は世界で1億7,000万人以上の生殖年齢女性が罹患する一般的な内分泌・代謝疾患ですが、「polycystic(多嚢胞性)」という名称は病的な卵巣囊胞の存在を示唆する不正確な用語であり、内分泌・代謝・生殖・心理・皮膚科領域に及ぶ多臓器系の病態を反映していないと長年指摘されてきました。最大70%が未診断のまま放置され、患者の不満やスティグマ、研究・政策の分断を招く一因ともなっています。今回、Lancet誌に掲載された56の組織が関与する国際コンセンサスプロセスにより、PCOSの新名称が「PMOS(Polyendocrine Metabolic Ovarian Syndrome:多内分泌・代謝・卵巣症候群)」へと変更されることが決定されましたので、ご紹介いたします。
ポイント
多臓器系病態を反映し誤解を招く「polycystic(多嚢胞性)」を除外する国際コンセンサスにより、PCOSはPMOS(Polyendocrine Metabolic Ovarian Syndrome)へと改称されます。国内では診断基準が2024年改訂されたばかりですので、今後の動向を注視したいと思います。
引用文献
Helena J Teede, et al. Lancet. 2026 May 12. doi: 10.1016/S0140-6736(26)00717-8.
論文内容
PCOSの名称変更に関する国際コンセンサスプロセスを構造化された多段階手法で実施したヘルスポリシー研究です。豪州National Health and Medical Research Councilの助成を受け、Monash UniversityのCentre for Research Excellence、Androgen Excess and PCOS Society、英国患者団体Verityが主導しました。56の主要な学術・臨床・患者組織が参加し、James Lind Allianceプロセスに準拠した反復的なグローバルサーベイ、改変Delphi法、nominal group technique(NGT)ワークショップ、マーケティング・実装分析が組み合わされました。
調査Aは2025年4月から10月にQualtrics、Google Forms、WeChatを用いて英語・中国語・ドイツ語・ペルシア語・マレー語で実施され、原則・アプローチ・用語の選好を測定しました。調査Bは2026年1月20日から31日に、議論を要する論点について実施されました。ワークショップAは2025年11月、ワークショップBは2026年2月にZoomで開催され、世界各地域から計90名が参加しました。
結果
調査Aには、PCOS当事者9,358名と医療従事者3,656名が回答しました。命名原則として、科学的正確性(全体67%:当事者60%、医療従事者86%)、コミュニケーション容易性(全体68%)、スティグマ回避(全体71%)、文化的妥当性(全体60%)が支持されました。命名アプローチとしては、症状ベースの新名称採用が最も支持されました(当事者86%、医療従事者71%)、PCOSアクロニム維持は20%/40%にとどまりました。
用語選好では、内分泌系用語として「endocrine」(当事者89%、医療従事者74%)と「polyendocrine」(88%/60%)、代謝系用語として「metabolic」(74%/80%)、生殖系用語では「ovulatory」(51%/64%)、「ovary」(38%/53%)、「reproductive」(52%/63%)が支持されました。ワークショップAでは「endocrine metabolic ovulatory syndrome」が当初最多得票でしたが、頭字語EMOSがemoユース・サブカルチャーと重複することが懸念され、また「metabolic endocrine reproductive syndrome」はMERSと重複するため除外されました。
調査Bには、当事者1,053名と医療従事者293名(応答率49%)が回答し、最終的にワークショップBで「polyendocrine metabolic ovarian syndrome(PMOS)」が新名称として66%の支持を得て採択されました(卵巣関連用語ではovarianが当事者85%、医療従事者65%の支持)。名称変更に反対したのはワークショップ参加者中わずか2名のみでした。
PMOSの病態的根拠として、ゴナドトロピン放出ホルモン拍動性亢進によるLH上昇と卵巣アンドロゲン過剰、85%(やせ型PMOSでも75%)に認められるインスリン抵抗性と代償性高インスリン血症、AMH高値、心血管疾患の複合リスク(OR 1.68)、心筋梗塞(OR 2.50)、脳卒中(OR 1.71)の上昇などが挙げられました。実装戦略は8段階(出版・学術発信、リソース開発、グローバルコミュニケーション、医療情報システム統合、政策・研究整合、国際分類体系(ICD)統合、3年間の移行期間、2028年国際ガイドライン改訂への統合)から構成され、すでに進行中です。
私見
本論文は「疾患名変更」という極めて稀な医学的イベントを扱った歴史的なヘルスポリシー文書です。名称変更の議論自体は新しいものではなく、Dunaif AとFauser BCJM(J Clin Endocrinol Metab, 2013)、Azziz R(J Clin Endocrinol Metab, 2014)、Norman RJら(Fertil Steril, 2023)が繰り返し問題提起し、2012年NIH Workshopでも改名が推奨されてきましたが、リーダーシップ・グローバル合意・代替案・実装戦略の欠如により実現には至りませんでした。本論文はこれらの障壁を組織的に克服した点で画期的です。「polycystic」が病的卵巣囊胞を示唆する問題はPiltonen Tら(JAMA Intern Med, 2026)で再確認されており、Stener-Victorin Eら(Nat Rev Dis Primers, 2024)、Bahri Khomami Mらのメタアナリシス(Nat Commun, 2024)、Tay CTら(J Am Heart Assoc, 2024)が示すように、PMOSは単なる卵巣疾患ではなく多臓器系疾患であることが裏付けられています。
生殖医療の現場では、以下の臨床的示唆があります。
第一に、生殖系用語として「reproductive」ではなく「ovarian」が選択された点は注目に値します。卵巣機能障害(卵胞発育異常、ステロイド合成異常、AMH高値)を包括しつつ、妊孕性への直接言及によるスティグマを回避し、閉経後を含む長期的ヘルスケア対象として位置付ける配慮がうかがえます。
第二に、「polyendocrine metabolic」の冠が前置されたことで、本症の管理が産婦人科・生殖医療単独ではなく、内分泌科・代謝内科・循環器科を含む多診療科連携へとパラダイムシフトする可能性があります。
第三に、本論文の限界として低・中所得国およびアジアからの参加が限定的であり、日本からの正式組織参加も明示されていません。
今後の国内動向を注視していきたいと思います。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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