プレコンセプションケア

2025.08.06

妊娠糖尿病におけるメトホルミン治療の安全性評価(BMC Pregnancy and Childbirth. 2025)

はじめに

妊娠糖尿病(GDM)は妊娠中最も頻度の高い医学的合併症です。国内では食事療法、ダメならインスリン治療をいう流れになっています。メトホルミンはインスリンに代わる第一選択薬として注目されていますが、妊娠中の使用に関する安全性データは限られています。妊娠糖尿病患者におけるメトホルミン使用が母体および新生児の予後に与える影響を検討しました報告をご紹介します。

ポイント

妊娠糖尿病患者において、メトホルミン治療は食事療法単独と比較して、早産や胎児発育不全を含む有害妊娠転帰のリスク増加と関連しませんでした。

引用文献

Ashton D’Souza, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2025 Jul 14;25(1):762. doi: 10.1186/s12884-025-07869-6.

論文内容

カタール周産期施設において2019年1月から2020年12月に妊娠糖尿病の診断を受けた女性を対象としたレトロスペクティブコホート研究です。メトホルミン治療群と食事療法のみの群における母体および新生児転帰を比較することを目的としました。

結果

649名のGDM患者のうち、438名が食事療法のみ、211名がメトホルミン治療を受けていました。メトホルミン治療群は年齢が高く(33.3±4.8歳 vs 31.2±5.0歳)、BMIが高値(27.9±4.6 vs 26.0±4.7 kg/m²)でしたが、妊娠中体重増加は少ない結果でした(0.28±0.20 vs 0.34±0.17 kg/週、すべてp<0.001)。単変量解析では、メトホルミン群で帝王切開率(50.7% vs 42.2%、p=0.042)、羊水過多症(6.6% vs 2.1%、p=0.003)、Large for gestational age(27.0% vs 18.0%、p=0.008)の頻度が高く認められました。しかし、年齢、診断時空腹時血糖値、妊娠前体重、妊娠中体重増加で調整した多変量解析では、メトホルミン治療は有害妊娠転帰のリスク増加と関連しませんでした。

同様の最近の研究

  • Bashir M, et al. J Matern Fetal Neonatal Med. 2020:メトホルミン治療GDMは新生児低血糖と巨大児のリスクが低いが、早産、帝王切開、新生児黄疸のリスクが食事管理GDMより高い
  • Brand KMG, et al. BMJ Open Diabetes Res Care. 2021:フィンランドの大規模レジスター研究で、メトホルミン使用は糖尿病、肥満、低血糖・高血糖、運動・社会発達変化のリスク増加と関連せず
  • Ijäs H, et al. BJOG. 2011:メトホルミン治療患者はインスリン治療患者より帝王切開率が高い(38% vs 20%、OR: 1.9, p=0.047)
  • Pazzagli L, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2020:スウェーデンの2012-2016年コホート研究で、メトホルミン単独使用は帝王切開と関連しないが、メトホルミン・インスリン併用は帝王切開リスク増加と関連(OR: 1.65, 95% CI: 1.06-2.56)
  • Feig DS, et al. Lancet Diabetes Endocrinol. 2020:2型糖尿病女性においてメトホルミン暴露はSGAリスク増加と関連

私見

妊娠糖尿病におけるメトホルミンの安全性を支持する重要な知見を提供しています。過去の報告ふくめて議論が分かれるところではあります。今回のメトホルミン群で観察された帝王切開率の増加や羊水過多症の頻度上昇は、多変量解析では交絡因子調整後で差がなくなることをかんがえると、薬物治療が必要となる重症度の高いGDM患者の特性を反映していると考えられます。

メトホルミンは経口薬であり患者の利便性が高く、インスリン治療と比較して医療費削減効果も期待できます。国内ではメトホルミンは妊娠中禁忌薬剤ですが、今後適応が緩和されるかどうか興味深いテーマです。

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 妊娠糖尿病

# メトホルミン

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