
はじめに
体外受精では、排卵を促すトリガー注射から採卵までの時間(trigger-to-oocyte retrieval interval:TOI)を、自然排卵で卵子を逃さないよう通常34〜36時間に固定してきました。しかし卵巣予備能が低下した女性(DOR)や高齢、卵巣の反応が乏しい女性(POR)では、この標準間隔でも早期に排卵してしまったり、卵胞を穿刺しても卵子が採れない「空胞」になったりすることが少なくありません。近年、消炎鎮痛薬NSAIDsを使うと排卵を遅らせTOIを延ばせることが分かり、固定的なタイミングを見直す動きが出てきました。本研究は、TOIを延ばすことの効果を検証し、さらに患者ごとに最適なTOIを予測するAI(機械学習)モデルを開発することを目的としています。
ポイント
DOR/POR患者ではTOI延長で成熟卵率(MOR)・採卵率(ORR)がともに改善し、XGBoostというAIモデルが採れる卵子数を高精度に予測できそうです。
引用文献
Suzuki Y, et al. Reprod Med Biol. 2026;25:e70058. doi: 10.1002/rmb2.70058.
論文内容
中国・上海の単一施設による後方視的研究です。2016年11月から2024年12月までの刺激〜採卵周期の15,033周期を解析しました。検証の枠組みは2段構えで、まず通常の統計でTOI延長(≥36時間)が成熟卵率(MOR:採れた卵子のうち成熟卵が占める割合)と採卵率(ORR:穿刺した卵胞のうち卵子が採れた割合)に与える影響を調べ、次に7種類のAIモデルで成熟卵数(MII)と総採卵数(Oocount)を予測し、そこからMORとORRを計算するという流れです。2023年8月以降、標準手順から変えた点はジクロフェナク(NSAIDs)を投与して排卵を遅らせ、TOIを34〜49時間まで延ばせるようにしたことだけです。AIには345個の項目(特徴量)を使い、訓練に使っていない387周期で外部検証を行いました。卵巣刺激は、半数以上がPPOSで、自然〜低〜中刺激が中心の、比較的マイルドな刺激です。トリガーに関しては詳細に記載はありませんでした。
結果
患者平均年齢は38.11歳(SD ±5.73、範囲20〜49)で、POSEIDON group 3が16.46%(n=2,474)、group 4が55.45%(n=8,336)でした。TOIは通常群(<36時間)が39.55%、延長群(≥36時間)が60.45%(n=9,087)でした。
統計解析では、コホート全体で見るとTOIを延ばしても延ばさなくてもMOR・ORRに差はありませんでした(それぞれp=0.6114、p=0.5811)。ところがPOSEIDON group 3・4に絞ると様相が変わり、延長群のほうがMOR(p=0.00034)・ORR(p=0.0051)ともに有意に良好でした。つまり「全員に効く」のではなく、予備能の低い人ほど延長の恩恵を受けるという結果です。年齢との関係を調べると、TOI延長が採卵率を押し上げる効果は年齢の影響を受けて有意でした(交互作用係数β=0.145、95% CI[0.110–0.186])。AMH別に見ても、TOI延長は全てのAMH水準でMOR・ORRに良い方向に働き、その効果はAMHが高めの人ほど大きく出ました。
AIについては、7モデルのうちXGBoostが最も高い予測精度を示しました(成熟卵数の予測でR²=0.8337、総採卵数でR²=0.9258、いずれも誤差も最小)。どの項目が予測に効いているかをSHAP・Gini・permutationで調べると、卵胞数の推移とエストラジオール(E2)値の動きが最も強い予測因子でした。一方、訓練と同じ施設のデータでは精度が高かったものの、外部の387周期で検証するとR²は低下し(成熟卵数0.4602、総採卵数0.4191)、別施設への当てはまりはまだ課題が残ることが分かりました。ただし誤差の指標(MAE・RMSE)は内部検証とほぼ同程度に保たれていました。
私見
DOR/POR患者ではTOIを延ばしても成熟率を犠牲にせず、より多くの卵子を回収できることを示しています。小さい卵胞から未成熟卵を多めに採っても、成熟分画は下がらなかった、という解釈です。
TOI調整に関する先行研究は、立場が分かれています。
延長を支持する報告
- Deng M, et al. J Obstet Gynaecol. 2020.
同日採卵を予定する大半の患者で、中等度に延ばしたhCG–採卵間隔が良好だったとする後方視的コホート研究。 - Gan R, et al. Reprod Biol Endocrinol. 2023.
新鮮胚移植でTOI延長により臨床妊娠率が上がりうるとした最新のシステマティックレビュー・メタアナリシス。
効果は限定的とする報告
- Bosdou JK, et al. Reprod Biomed Online. 2015.
hCG投与から採卵までの間隔とORRの関連は乏しく、MII卵の増加を認めなかったとする立場。 - Weiss A, et al. Fertil Steril. 2014.
トリガーから吸引までのlag timeを検討し、より高いMII卵比率を報告した立場。
刺激法によって最適間隔が違うとする報告
- Shen X, et al. Arch Gynecol Obstet. 2020.
最適間隔はmild→GnRH antagonist→short→long法の順に長くすべきとし、刺激法ごとに最適TOIが異なることを示した後方視的研究。
著者らは、AIの重要度評価でTOI自体が上位に来なかった理由を、「適切なタイミングで採れば、穿刺した卵胞数と採卵数の相関が強くなり、TOI単独の見かけの寄与が薄まるため」と考察しています。逆に、過去に繰り返し採卵に失敗した患者が適切なTOI調整後に卵子を得られた実臨床経験を、延長有益の裏づけとしています。なお外部検証で精度が落ちた点については、過学習を抑えるための調整を経ても別施設への一般化には限界が残ると率直に認めています。
なかなかシンプルではない卵巣刺激でのアルゴリズム形成はそこまで容易ではないことの証明かなと感じています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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