はじめに
生殖年齢は、生まれてくる児の生涯にわたる慢性疾患リスクが決まる重要な時期です。栄養はこの時期の発育を左右する因子であり、かつ修正可能なリスク因子でもあります。WHOは妊婦健診のガイドラインを示していますが、妊娠前から妊娠・授乳期を通じた包括的な栄養指針は不足しています。米国農務省(USDA)による系統的レビュー(Pregnancy and Birth to 24 Months Project)でも、29の重要課題のうち多くは「エビデンス限定的」または「評価不能」と判定されました。今回、2019年の会議を契機にまとめられた専門家によるレビューをご紹介いたします。
ポイント
妊娠前からの「量ではなく質を良くする(eat better, not more)」食事と適正体重が、母体・児双方の短期および生涯予後を改善します。
引用文献
Marshall NE, et al. Am J Obstet Gynecol. 2022 May;226(5):607-632. doi: 10.1016/j.ajog.2021.12.035.
論文内容
米国のほとんどの女性は、妊娠前および妊娠中の健康的な栄養と体重に関する推奨を満たしていません。妊婦にとって健康的な食事とは何かという問いに対するメッセージは「量を増やすのではなく、質を良くする」であるべきとしています。
これは、質の低い高度加工食品に代えて、果物、野菜、豆類、全粒穀物、ナッツ・種子・魚を含むオメガ3脂肪酸などの健康的な脂質といった、栄養密度の高い未加工食品を多様に摂ることで達成されます。こうした食事は、加工食品・脂肪分の多い赤身肉・加糖食品や飲料を中心とする標準的な米国型食事と比べ、過剰なエネルギー摂取を伴いにくいとされています。妊娠前および/または妊娠中に「思慮深い(prudent)」「健康志向(health-conscious)」な食事パターンを報告する女性では、妊娠合併症や児の有害な健康予後が少ない可能性があります。栄養が不十分な女性に対する包括的な栄養補給(複数微量栄養素+バランスのとれた蛋白エネルギー)は、低出生体重の減少を含む出生予後の改善と関連していました。いずれかの三大栄養素を厳しく制限する食事、特に炭水化物を欠くケトジェニックダイエット、乳製品を制限するパレオダイエット、飽和脂肪酸過剰の食事は避けるべきとされています。食事パターンを簡便に評価でき、不足への対処法を明示し、訓練された医療者の支援が組み込まれたツールが早急に必要です。
近年のエビデンスでは、標準体重の女性では過剰な妊娠中体重増加(GWG)が周産期予後の悪化を予測する一方、肥満女性ではGWGよりも妊娠前肥満の程度のほうが強く予後を予測します。低BMIと不十分なGWGもまた周産期予後の悪化と関連し、観察データでは妊娠第1三半期の増加が最も強い予測因子でした。母児の合併症を防ぐには、妊娠初期あるいは妊娠前からの介入が必要です。新生児にとって母乳は個別化された栄養を提供し、児と母双方の短期・長期の健康利益と関連しています。


私見
本レビューは、栄養介入の「タイミング」を最も重視している点が特徴です。
肯定派として、Raghavan R, et al. Am J Clin Nutr. 2019 は、野菜・果物・全粒穀物・ナッツ・豆類・魚が多く肉類と精製穀物が少ない食事パターンが妊娠高血圧症候群と妊娠糖尿病のリスク低下と関連すると報告しています。生殖医療領域では Vujkovic M, et al. Fertil Steril. 2010 が、体外受精施行カップルにおける地中海食で妊娠率上昇(OR 1.4; 95%CI 1.0–1.9)を報告しました。Hambidge KM, et al. Am J Clin Nutr. 2019 の多国間RCTでは、妊娠前開始群で出生体重・低出生体重・SGA・発育不良の改善効果が最も大きく、Keats EC, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2019 も複数微量栄養素補充による低出生体重・SGA減少を示しています。Kar S, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2016 のオメガ3補充では34週未満の早産が減少(RR 0.42; 95%CI 0.27–0.66)しました。
一方、慎重派の知見も一貫しています。Simmons D. Diabetes Obes Metab. 2015 では食事・生活習慣介入RCTはGWGをわずかに減らすのみで妊娠糖尿病の予防には成功していません。Rumbold A, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2015 のビタミンC・Eは子癇前症を予防せず、Jarde A, et al. BMC Pregnancy Childbirth. 2018 のプロバイオティクスも児の予後改善を示しませんでした。制限食の害としては Desrosiers TA, et al. Birth Defects Res. 2018 が低炭水化物食と神経管閉鎖障害(aOR 1.30; 95%CI 1.02–1.67)、Lavie M, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2019 がパレオ食と低出生体重の関連を報告しています。
臨床的には、妊娠が判明してからの食事指導は「有効なタイミング」を逃している可能性が高く、当院でも治療開始時点からの体重・食事評価が現実的な介入点になると考えます。ただし本レビューの根拠の多くは医療アクセスの良い白人女性の観察研究であり、日本人、とくに低BMI女性の多い本邦への外挿には慎重さが必要です。妊娠前の減量が困難な肥満女性では、Kwong W, et al. Am J Obstet Gynecol. 2018 が示すように減量手術後の妊娠でSGA(OR 2.16)が増える点も含め、個別の判断が求められます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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