
はじめに
生殖補助医療(ART)治療は、身体的・心理的ストレスが高く、大きな決意を要する治療です。不妊症、ART治療、それに伴うストレスは、出産後も継続して家族に影響を与える可能性があります。ART妊娠の親子と自然妊娠の親子の心理的転帰を比較したシステマティックレビュー・メタアナリシスをご紹介いたします。
ポイント
ART妊娠の親子と自然妊娠の親子では心理的状況は概ね同程度であり、ARTによる家族形成は良好な心理的転帰を示すことが明らかになりました。
引用文献
Julia Jeannine Schmid, et al. J Assist Reprod Genet. 2025 Jul 9. doi: 10.1007/s10815-025-03572-9.
論文内容
ART妊娠の親子と自然妊娠の親子の心理的転帰について検討したシステマティックレビュー・メタアナリシスです。2024年10月まで発表された研究をPsycINFO、PsycArticles、PubMedで系統的に検索し、出産後1年以降のART妊娠の親子と自然妊娠の親子の心理的状況の比較を行いました。89研究がレビューに含まれ、33研究がランダム効果メタ解析に含まれました。
結果
精神的健康と夫婦関係は、ART妊娠の親と自然妊娠の親で同程度でした。自然妊娠の母親と比較して、ART妊娠の母親は育児ストレスがわずかに低く、母子関係は同程度からより良好で、親としてのコミットメントが高いことが示されました。ART妊娠の子供と自然妊娠の子供は、知能、認知発達、精神運動発達が同程度であり、ART妊娠の子供においてより良好な言語スキルと、わずかに低い学業成績の証拠が認められました。母親の報告によると、ART妊娠の子供の心理社会的発達はわずかに良好でしたが、精神的健康転帰は同程度またはわずかに悪い結果でした。
私見
今回のシステマティックレビュー・メタアナリシスから、ART治療による家族形成が従来懸念されていたほど心理的な悪影響を与えないことが明らかになりました。これは、ART治療を受ける夫婦の社会人口学的特徴(高学歴、高所得、高い社会経済的地位)、治療過程で培われた高いレジリエンス、そして長い不妊治療を経て得られた子どもへの強い愛着とコミットメントが保護因子として働いている可能性を示唆しています。
特に注目すべきは、ART妊娠の母親の育児ストレスが低く、親としてのコミットメントが高いという結果です。これは、長期間の治療を経て得られた子どもに対する特別な愛着と投資が、良好な養育環境の提供につながっていることを示しています。一方で、ART妊娠の子供の学業成績がわずかに低いという結果については、多胎妊娠率の高さや低出生体重児の頻度など、ART治療に伴う医学的リスクの影響も考慮する必要があります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。