
はじめに
最近の研究により、妊娠悪阻の主な原因が胎盤から産生されるGDF15というホルモンに対する感受性であることが判明しました。メトホルミンはGDF15産生を促進することから、妊娠前の使用により妊娠中のGDF15上昇に対する脱感作効果が期待され、重症妊娠悪阻のリスク軽減につながる可能性が注目されています。妊娠前メトホルミン使用により重症妊娠悪阻・嘔吐リスク軽減効果を検討した報告をご紹介いたします。
ポイント
妊娠前メトホルミン使用により、重症妊娠悪阻および妊娠嘔吐のリスクが70%以上減少することが示されました。
引用文献
Neelu Sharma, et al. Am J Obstet Gynecol. 2025 Jun 28:S0002-9378(25)00441-7. doi: 10.1016/j.ajog.2025.06.055.
論文内容
重症妊娠悪阻は母児に重篤な影響を与える疾患であり、再発率は最大89%と報告されています。近年の研究により、妊娠悪阻の遺伝的素因は妊娠前のGDF15レベルの低さに起因し、妊娠中の急激な上昇に対する過敏性を引き起こすことが明らかになりました。メトホルミンはGDF15レベルを上昇させるため、妊娠前の使用により患者をホルモンに脱感作し、重症妊娠悪阻のリスクを低下させるという仮説を検証することを目的とした後向き観察研究です。
2023年1月から2024年9月にかけて、妊娠悪阻教育研究財団SNSを通じて質問票による調査を実施しました。参加者は各妊娠前の1か月間における32種類の薬物・物質の日常使用と妊娠中の悪心嘔吐レベルについて報告しました。
結果
合計5,414名の参加者が妊娠前の薬物使用と妊娠中の悪心嘔吐レベルについて報告しました。第1妊娠前のメトホルミン使用は、妊娠悪阻リスクの70%以上の減少と関連していました(aRR=0.29、95%CI=0.12-0.71、P=0.007)。喫煙も有意なリスク減少と関連していました(aRR=0.51、95%CI=0.30-0.86、P=0.011)。一方、SSRIは妊娠悪阻リスクの増加と関連していました(aRR=2.41、95%CI=1.33-4.38、P=0.004)。第2妊娠においても、メトホルミン使用は重症妊娠悪阻リスクの82%減少と関連し(aOR=0.18、95%CI=0.06-0.59、P=0.005)、86%の再発リスクを調整後も効果が認められました。一方、大麻やSSRIの妊娠前使用はリスク増加と関連していました。
私見
妊娠前のメトホルミン使用が重症妊娠悪阻リスクを大幅に減少させる可能性が示されました。
具体的な治療法として、妊娠悪阻既往がある健康な非妊娠女性に対し、メトホルミン500mg/日から開始し、2000mg/日または最大耐用量まで漸増し、妊娠判定陽性後2週間以内に中止することを提案しています。
喫煙で悪阻が減少したメカニズムとして、喫煙により肺組織が損傷を受け、慢性的にGDF15レベルが上昇することで、妊娠前の脱感作効果が生じるためと考えられています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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