
はじめに
癒着胎盤スペクトラム(PAS)は血管新生により子宮と周囲骨盤臓器が異常に血管に富んだ環境になっていて、分娩時に大量出血を引き起こすことがあります。今回、癒着胎盤スペクトラムと前置血管(VP)の関連性を調査した大規模研究をご紹介いたします。
ポイント
癒着胎盤スペクトラムは前置血管の発症リスクを約4倍増加させる可能性があり、特に他の胎盤異常がない場合により強い関連性を示します。
引用文献
Yadira L Bribiesca Leon, et al. Am J Obstet Gynecol. 2025 Oct;233(4):e127-e131. doi: 10.1016/j.ajog.2025.04.068.
論文内容
癒着胎盤スペクトラムと前置血管の関連性を調査することでした。癒着胎盤スペクトラムは異常な血管新生が母体骨盤臓器に影響を与えるのと同様に、胎児胎盤系にも影響を与える可能性があるという仮説に基づいて実施されました。
2016年から2021年までの21,517,317件の院内分娩を対象とした横断研究です。癒着胎盤スペクトラム診断をばく露状況とし、前置血管診断をアウトカム指標としました。これらはWHOの国際疾病分類第10版改訂版(ICD-10-CM)コード(癒着胎盤スペクトラムはO43.2、O43.21、O43.22、O43.23、前置血管は(O69.4)により特定されました。事前に選択された患者背景(母体年齢、人種・民族、高血圧疾患、糖尿病、肥満、既往帝王切開、前置胎盤、低置胎盤、胎盤奇形、胎児数、胎児異常)で調整したLog-Poisson一般化線形モデルを作成し、独立したばく露-アウトカム関連を評価しました。
結果
前置血管は11,830例で診断され、10,000分娩あたり5.5例、1819分娩に1例の頻度でした。前置血管の有病率は癒着胎盤スペクトラム患者で10,000分娩あたり180.0例、癒着胎盤スペクトラム患者以外で10,000分娩あたり5.3例でした(P<.001)。患者背景を調整後、癒着胎盤スペクトラム診断は前置血管診断の可能性を約4倍増加させました(aPR、4.14;95%CI、3.74-4.58)。この癒着胎盤スペクトラムと前置血管の関連性の程度は、前置胎盤がない患者で最も大きく(aPR、12.68;95%CI、11.33-14.20)、続いて妊娠高血圧症候群患者(aPR、10.04;95%CI、6.75-14.94)でした。前置胎盤、低置胎盤、胎盤奇形などの他の胎盤病理が存在しない場合、この癒着胎盤スペクトラム-前置血管関連性が最も強くなりました(aPR、37.07;95%CI、32.78-41.93)。癒着胎盤スペクトラムサブタイプ別では、穿通胎盤(placenta percreta)の前置血管有病率が最も高く、癒着胎盤スペクトラム非存在例、付着胎盤(placenta accreta)、嵌入胎盤(placenta increta)、穿通胎盤(placenta percreta)でそれぞれ10,000分娩あたり5.3例、171.2例、366.1例、111.1例でした(P<.001)。調整モデルでは、嵌入胎盤(placenta increta)患者で前置血管診断の可能性が5.5倍高くなりました(aPR、5.54;95%CI、4.42-6.94)。付着胎盤(placenta accreta)サブタイプと比較して、嵌入胎盤サブタイプ(placenta increta)は前置血管の有病率増加と関連していました(aPR、1.69;95%CI、1.13-2.55)。
私見
この大規模データベース研究は、癒着胎盤スペクトラムと前置血管の間に統計学的に有意な関連性があることを初めて示した重要な報告です。特に興味深いのは、他の胎盤異常がない場合により強い関連性が認められたことです。これは、癒着胎盤スペクトラムの血管新生効果が単に画像検査の精度向上によるものではなく、実際の病態生理学的関連性を示唆しています。
今回の結果は、癒着胎盤スペクトラムの血管新生効果が母体側だけでなく胎児胎盤系にも影響を及ぼす可能性を示唆しており、癒着胎盤スペクトラム疑い例では積極的な前置血管スクリーニングが必要そうです。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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