はじめに
採卵では、超音波で卵胞を確認しながら採卵針を刺入し、吸引ポンプの陰圧によって卵胞液と卵丘細胞・卵子複合体(COC)を回収します。このときの吸引圧は、卵子の回収効率や状態に影響し得る重要な条件の一つです。吸引が急すぎる場合には卵胞壁が急速に虚脱し、COCが卵胞内に残る可能性が懸念されます。また、針先への流入時の急激な加速、針やチューブの内径が変わる部分での流速変化、圧の変動などにより剪断力や流れの乱れが生じ、卵丘細胞の脱落や透明帯損傷につながる可能性が示されています。
ただし、こうした機序の根拠には動物卵子や実験系による古い研究が多く、現在の採卵針とデジタルポンプを用いたヒトの臨床採卵にそのまま当てはめられるわけではありません。Horneらの実験的検討では、ポンプの設定圧と針先での圧・流速は同一ではなく、針の内径・長さ、チューブの長さ、接続部などによって大きく変化することが示されています。つまり、ポンプに表示される「mmHg」だけでは、卵子が実際に受ける機械的負荷を評価できません。一般に細い針ほど流体抵抗が大きくなるため、同程度の流量を得るには高い設定圧が必要です。針の太さだけでなく、内径、針長、チューブ長、絞り加工の有無、ポンプの特性、吸引液の粘度なども関係します。
ポイント
採卵時の吸引圧を考える時、ポンプの設定圧、針先形状、針径・針長・チューブ・ポンプ特性によって卵子が受ける負荷は大きく変わります。メーカー推奨値を出発点に、施設ごとの成績で継続評価する姿勢が現実的です。
引用文献
- McQueen D, et al. Fertil Steril. 2018;110(4 Suppl):e241–e242. doi: 10.1016/j.fertnstert.2018.07.691.
- Kumaran A, et al. J Hum Reprod Sci. 2015;8(2):98–102. doi: 10.4103/0974-1208.158617.
- Kim SW, et al. PLoS One. 2025;20(1):e0317812. doi: 10.1371/journal.pone.0317812.
- Rogel S, et al. Hum Reprod. 2023;38(Suppl 1):dead093.1083. doi: 10.1093/humrep/dead093.1083.
- Nakabayashi A, et al. Cureus. 2025;17(9):e92106. doi: 10.7759/cureus.92106.
論文内容
2018年のMcQueenらの後方視的研究では、低圧群(150 mmHg未満、171周期)と高圧群(300 mmHg超、366周期)が比較されました。低圧群では回収卵子数、卵胞当たりの回収数、成熟率、利用可能胚数が多く、透明帯内に卵細胞が認められない“empty zona”が少ないという結果でした。一方、受精率、胚盤胞形成率、移植当たり妊娠率には差がありませんでした。ただし、ランダム化試験ではなく学会抄録としての報告です。
Kumaranらは2015年、低AFC症例を対象として、140 mmHgでの直接吸引と120 mmHgでの吸引・卵胞洗浄を比較しました。140 mmHg群で良好な卵子回収率と妊娠成績が報告されましたが、圧だけでなく卵胞洗浄の有無も異なるため、140 mmHgの優越性を直接示す研究ではありません。
Kimらの検討は、2025年に400周期の全文論文として報告されました。17G針を使用し、120 mmHgと150 mmHgを比較したところ、150 mmHg群で回収卵子数(6.3対7.7個)、成熟卵子数(4.4対5.6個)、胚数(3.3対4.2個)が多くなりました。一方、卵子損傷、臨床妊娠率、出生率には有意差がありませんでした。ただし、吸引圧は術者の選択で決定された後方視的研究であり、妊娠・出生の解析対象も少数でした。
Rogelらの2023年の卵子提供者105人を対象とした前向きパイロット研究では、17G・220 mmHg、18G・220 mmHg、17G・110 mmHgが比較されました。回収率、透明帯損傷率、受精率、胚盤胞形成率に明確な差はありませんでしたが、吸引圧が高い条件では採卵時間が短くなりました。ただし、各群35人と小規模な学会報告です。
Nakabayashi らが2025年には、先端20G・シャフト17Gの絞り加工針を用いた日本の後方視的研究が報告されました。230 mmHgと160 mmHgを比較したところ、卵子回収率には差がありませんでしたが、160 mmHg群で受精率が高くなりました。絞り加工針では、細い先端部分だけでなく、吸引経路の大部分を占める太いシャフト部分も考慮して圧を設定する必要がある可能性が示されています。ただし、時期によって設定圧を変更した非ランダム化研究であるため、今後の検証が必要です。
2019年のESHRE勧告では、連続ポンプ吸引の最適圧について明確な結論はなく、実臨床では主にメーカー推奨に基づいて100~200 mmHg前後が使用されているとされています。また、採卵前にポンプを校正し、手技中の圧を安定させることが推奨されています。2026年に更新されたESHREのIVFラボ推奨では、刺激周期における卵子回収率の期待範囲として80~95%が示され、範囲を外れる場合には刺激法、卵胞評価、採卵手技を含めて検討することが推奨されています。
私見
現時点では、連続ポンプ吸引における最適な吸引圧は、単一の数値では決められない。低すぎる圧ではCOCの剥離や卵胞液の回収が不十分となる可能性がある一方、過度に高い圧や急激な流速変化は卵子に機械的負荷を与える可能性があります。使用する針、チューブ、ポンプの組み合わせごとに、メーカー推奨値を基準として施設内成績を継続的に評価することが大切です。
採卵時の吸引圧は、低ければ低いほどよいものでも、高ければ効率的というものでもありません。施設内の臨床成績に基づいて管理することが重要と考えています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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