研究の紹介
参考文献
日本語タイトル
乏精子・精子無力症による男性不妊患者において、イソトレチノイン投与は精子形成を改善する:パイロット研究
英語タイトル
Isotretinoin administration improves sperm production in men with infertility from oligoasthenozoospermia: a pilot study.
Amory JK, 他. Andrology. 2017 Nov;5(6):1115-1123. doi: 10.1111/andr.12420. PMID: 28980413.
はじめに
男性不妊に対する薬物療法は限られており、特にホルモン療法以外の有効な治療選択肢は多くありません。乏精子・精子無力症の多くは原因が特定できず、最終的には体外受精や顕微授精に頼らざるを得ないケースも少なくありません。今回ご紹介するイソトレチノインは、もともとニキビ治療薬として知られ、日本でも自費診療で使用されている薬剤ですが、ビタミンA代謝を介した精子形成への作用が注目されています。別にご紹介したGurel A ら(Annals of Medicine、2023)の研究は基本的に健常人を対象としたものですが、今回ご紹介する研究は実際に男性不妊症例を対象としてこの薬剤の効果を検討した点で非常に貴重であり、新たな治療の可能性を示すものです。
研究のポイント
イソトレチノイン投与により、精子濃度および総運動精子数は有意に増加しました。
精子運動率には明確な変化はありませんでしたが、形態は改善傾向を示しました。
一部の症例では妊娠・出生も確認され、生殖予後に対する有効性が示唆されました。
研究の要旨
乏精子無力症を呈する男性不妊に対しては、現在有効な薬物療法は存在していません。精子形成が低下している男性では、精巣内の13-cisレチノイン酸濃度が低いことが知られており、本研究ではイソトレチノイン投与により精子数が改善する可能性を検討しました。
本研究は単施設・単群のパイロット試験として、乏精子無力症を呈する不妊男性19例を対象に実施されました。対象は1年以上の不妊期間があり、精子濃度が1500万/mL未満の男性とし、イソトレチノイン20mgを1日2回、20週間投与しました。治療中は4週間ごとに精液検査および各種評価を行いました。
その結果、精子濃度は中央値で2.5から3.8百万/mLへと有意に増加しました(p=0.006)。運動率には有意な変化は認めませんでしたが、精子形態は改善傾向を示しました。さらに、研究期間中に6例の妊娠(自然妊娠3例、ICSI3例)と5例の出生が確認されました。治療は概ね良好な忍容性が確認されました(#)。
以上より、イソトレチノインは一部の乏精子無力症の男性において精子形成を改善する可能性が示され、今後のさらなる研究が求められます。
| 指標 | 治療前 | 治療後 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 精子濃度 (百万/mL) | 2.5 | 3.8 | ↑ 有意に増加 |
| 総運動精子数 (百万) | 2 | 2.7 | ↑ 有意に増加 |
| 精子形態 | 0.50% | 1.00% | ↑ 改善傾向 |
| 妊娠 | – | 6例 | 臨床的改善あり |
#有害事象について
治療期間中、15名の被験者から合計59件の有害事象が報告されました。空腹時血清トリグリセリド値の有意な上昇と、血清HDLコレステロールの有意な低下が認められました。しかし、これらの脂質変化に関連する症状や臨床的な有害事象は認められませんでした。さらに、治療中に気分の悪化を訴えた被験者はおらず、うつ症状の発現も認められませんでした。重篤な有害事象は認められませんでした。
##出生、催奇形性に対する懸念について
本薬剤は催奇形性を有するため、妊娠の可能性がある女性への投与は厳重な避妊のもとで行う必要があります。一方で、これまでの使用経験から、男性パートナーがイソトレチノインを服用している場合において催奇形性が問題となったという報告はありません。そのため、男性が本薬剤を使用している場合に性交時のコンドーム使用は必須とはされていません。これは、精液を介した女性側のレチノイド曝露量が極めて低く、体内のレチノイド濃度に影響を与えないと考えられているためです。今回ご紹介した研究でも、精液中のイソトレチノイン濃度はすべて25 nM未満であり、仮に完全に吸収されたとしても胎児への曝露量は催奇形性を引き起こす量よりもはるかに低いと推定されました。したがって、男性からの曝露による影響は無視できる程度と考えられます。
実際、本研究で示された妊娠から出生した6人の児はいずれも出生時に明らかな先天異常を認めず、その後も良好に成長しています。
私見と解説
男性不妊に対する薬物療法が限られている中で、今回ご紹介した研究は実際に精液所見異常を有する男性不妊患者を対象としており、その臨床的意義は非常に大きいと考えます。特に、精子濃度や総運動精子数の改善が認められ、さらに自然妊娠例が含まれている点は、単なる検査値の改善にとどまらず、生殖予後改善も期待される結果です。これまで治療選択肢が乏しかった領域において、有望な内科的治療の一つとなるかもしれません。
一方で、この薬剤は日本では男性不妊治療としてはもちろん、医薬品としても承認されておらず、保険診療での使用はできません。また、女性の服用では催奇形性を有する薬剤であり、適切な管理のもとで使用されるべきものであることは十分に認識しておく必要があります。さらに、本研究はパイロット試験であり症例数も限られていることから、現時点では有効性と安全性を確立した治療とは言えません。
したがって、本治療は非常に有望な可能性を示す一方で、現時点では慎重な位置づけが必要であり、今後の大規模研究の結果を踏まえながら適応を検討していくべき治療と考えます。今後の研究の発展を期待します。
文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。