プレコンセプションケア

2025.10.29

妊活における 痩せ薬(GLP-1受容体作動薬)(Fertil Steril. 2024)

はじめに

肥満は生殖年齢女性において生殖予後の悪化と関連しています。従来、「食事制限と運動」による体重減少が推奨されてきましたが、そう簡単ではありません。近年、GLP-1受容体作動薬が登場し、外科的介入に匹敵する有意義な体重減少を可能にしています。初めて肥満が疾患として公に認識されるようになった今、妊活における 痩せ薬(GLP-1受容体作動薬)の関わり方を知っておく必要があると思います。

ポイント

GLP-1受容体作動薬は効果的な体重減少が期待できますが、妊娠への直接的な効果はまだ十分に確認されていません。妊娠を希望される方は、適切な中止時期を守り、栄養管理や心のケアを含めた総合的なサポートが重要です。

引用文献

Alyse S Goldberg, et al. Fertil Steril. 2024 Aug;122(2):211-218. doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.05.154.

論文内容

肥満と不妊症患者の包括的ケア改善を提唱することを目的としたナラティブレビューです。BMIが高い患者は生殖成績が悪く、最近、痩せ薬(GLP-1受容体作動薬)が外科的介入に匹敵する有意義な体重減少を実現しています。 GLP-1受容体作動薬の作用機序、副作用、麻酔手術への影響、妊娠への含意について文献レビューを実施し評価しました。

結果

セマグルチド(週1回投与)は1年後に14.9%の体重減少(プラセボ調整後12.5%)を示しました。チルゼパチド(GIP/GLP-1デュアルアゴニスト)は用量依存的により高い効果を示し、15mg投与群で20.9%の体重減少(プラセボ調整後17.8%)を実現。
不妊治療における肥満患者への使用では、患者年齢と卵巣予備能を十分考慮した治療計画が必要です。35歳未満で十分な卵巣予備能を有する患者では、6-8か月の体重減少期間を設けても生殖年齢への影響は軽微ですが、35歳以上または卵巣予備能低下患者では、体重減少と並行した生殖補助医療併用治療も重要な選択肢となりえます。また、中止後の体重再増加を最小限に抑えるため、治療中から管理栄養士による栄養指導、運動療法士による運動プログラム、精神的サポートを含む多職種連携アプローチが推奨されます。

国内で使用可能な薬剤

セマグルチド製剤:半減期:約7日間
オゼンピック(皮下注射製剤)、リベルサス(経口製剤)、ウゴービ(皮下注射製剤)

  • 妊娠前中止期間:8週間(2か月)- 半減期の約8倍に相当
  • 催奇形性リスク:動物実験で催奇形性(骨格異常、胎児発育遅延)が確認
  • 避妊必要期間:治療開始から妊娠計画の2か月前まで
    「妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましい」と記載
  • 体重減少効果:約6か月で最大効果に到達

チルゼパチド製剤:半減期:約5-6日間
マンジャロ(皮下注射製剤)、ゼップバウンド(皮下注射製剤)

  • 妊娠前中止期間:4週間(1か月)※米国では明確な規定なし、カナダでは4週間 - 半減期の約4-5倍に相当
  • 催奇形性リスク:動物実験で催奇形性(骨格異常、内臓奇形、胎児毒性)および流産が確認
  • 避妊必要期間:治療開始から妊娠計画の1か月前まで
    「妊娠する可能性のある女性には、投与中は適切な避妊法を用いるよう指導すること」と記載
  • 体重減少効果:約6-8か月で最大効果に到達
  • 特記事項:胃排出遅延効果により経口避妊薬の効果減弱の可能性あり(用量調整時4週間は非経口避妊法推奨)、セマグルチドでは記載なし

ともにヒト胎児での明確な催奇形性は報告されていませんが、症例数が限られており長期的な安全性データは不足。

私見

GLP-1薬剤以前の時代の従来の体重減少方法(食事制限、運動療法、既存の薬剤)を用いた研究ででは(Legro et al. J Clin Endocrinol Metab, 2015、Mutsaerts et al. N Engl J Med, 2016 、Einarsson et al. Hum Reprod, 2017)などの無作為化比較試験では、体重減少により自然妊娠率と排卵率は改善したものの、生殖補助医療による出生率改善は認められませんでした。
GLP-1受容体作動薬の生殖系への影響については、Salamun et al.(Eur J Endocrinol, 2018)がリラグルチド前処置により胚着床率改善を報告していますが、無作為化比較試験は今のところありません。

今後は、これらの薬剤による体重減少が生殖医療成績に与える長期的影響の検証が必要です。急激な体重減少は栄養欠乏や代謝変化を引き起こす可能性があり、減量手術の知見(術後1年以内の妊娠は避けるべき:Pathak et al., Cureus, 2023)から妊娠への慎重な配慮が求められます。
海外エビデンスと薬物動態学的根拠に基づく適切な指導が重要です。治療中から栄養指導、精神的サポートを含む包括的アプローチの確立が、安全で効果的な妊活支援につながると考えられます。

厚生労働省「医薬品の投与に関連する避妊の必要性等に関するガイダンス」(2023年改訂版)では避妊期間は薬剤の半減期と遺伝毒性のより下記のように定められています。

避妊期間に関する表(男性・女性)

遺伝毒性のある医薬品の場合

性別最終投与後の避妊期間
男性5 × T₁/₂ + 3か月
※ 遺伝毒性の機序が染色体異数性誘発性 (aneugenicity) のみの場合、精液移行による発生毒性リスクあり: 5 × T₁/₂
女性5 × T₁/₂ + 6か月
※ 遺伝毒性の機序が染色体異数性誘発性のみの場合:5 × T₁/₂ + 1か月

遺伝毒性のない医薬品の場合

性別発生毒性あり発生毒性なし
男性最終投与後、5 × T₁/₂ (精液移行によるリスクありの場合)不要
女性最終投与後、5 × T₁/₂不要

文責:川井清考(WFC group CEO)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

# 体重、BMI

# 影響する薬剤など

WFC group CEO

川井 清考

WFCグループCEO・亀田IVFクリニック幕張院長。生殖医療専門医・不育症認定医。2019年より妊活コラムを通じ、最新の知見とエビデンスに基づく情報を多角的に発信している。

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