一般不妊

2026.03.07

「精液が正常」でも安心できない?―不妊男性に必要な男性生殖医学的評価― (Andrology, 2026)

研究の紹介

参考文献

日本語タイトル
不妊カップルにおける正常精液所見男性:早期医学的診断の潜在的有用性

英語タイトル
Normozoospermic men in infertile couples: Potential benefit of early medical diagnostic procedures

Bier S, 他. Andrology. 2026 Jan;14(1):101-108. doi: 10.1111/andr.70035. PMID: 40105106.

はじめに

不妊症の診療では、精液検査が正常であれば「男性側に大きな問題はない」と判断されることが少なくありません。しかし、WHO基準を満たすいわゆる“正常精液所見”は、必ずしも妊孕性を保証するものではありません。実際には、精液所見が正常であっても妊娠に至らないカップルは一定数存在します。
そのような場合、女性側の精査や治療が優先されることが多いのが現状です。一方で、男性側に潜在する内分泌異常、遺伝学的要因、あるいは全身的な健康問題が見過ごされている可能性も否定できません。
本稿では、「正常精液所見」の男性に対してどこまで評価を行うべきかという問いに対し、最新の報告をもとに考えてみたいと思います。精液検査だけでは見えてこない男性側の背景に目を向けることの意義について、整理していきます。

研究のポイント

精液検査が正常であっても、不妊男性には見逃されがちな身体的・内分泌学的異常が潜んでいる可能性があります。
本研究は、正常精液所見であっても男性生殖医学的精査が重要であることを示しました。男性側の早期評価は、将来の健康管理と適切な不妊治療選択につながる可能性があります。

研究の要旨

背景

不妊症は、避妊を行わず定期的に性交渉を行っているにもかかわらず1年間妊娠に至らない状態と定義され、約15%のカップルに影響します。男性因子はその約50%に関与するとされています。精液検査で正常(normozoospermia)と判定された男性に対し、追加のアンドロロジー評価(男性の生殖医学的評価)が必要かどうかは現在も議論されています。

方法

2010年から2020年にかけて、不妊を主訴に受診し、精液検査で正常所見を示した997例を対象としました。全例に対し、身体診察、精巣超音波検査、血液検査、FSHB c.-211遺伝子多型解析、精液検査など包括的評価を実施しました。対照群として、健康男性(FAMe研究参加者201例)および精管切除後の妊孕性回復を希望した75例を設定しました。また、不妊群を原発性不妊と続発性不妊に分類しました。

結果

不妊群では、尿道下裂(p=0.024)や停留精巣既往(p<0.001)などの性器奇形が有意に多く認められました。また、勃起障害(p<0.001)や肥満(p<0.001)も有意に多くみられました。
内分泌学的評価では、不妊群で性腺機能低下症が有意に多く(p<0.001)、一方で代償性性腺機能低下症は対照群で多く認められました。FSHB c.-211 GT/TT多型を有する男性では、不妊群においてのみFSH値が有意に低値でした(p<0.001)。
精液検査では、不妊群で円形細胞(p<0.001)および白血球(p=0.013)の増加が認められました。

考察

正常精液所見であっても、不妊男性では身体的異常や遺伝学的所見が高頻度に認められました。これは、将来的な健康リスクを回避するためにも、アンドロロジー的精査の重要性を示唆する結果です。

結論

正常精液所見であっても不妊を呈する男性に対する包括的アンドロロジー評価は、本人の健康管理の向上につながる可能性があります。また、女性側の不必要な治療を回避し、より適切な不妊治療戦略の構築に寄与すると考えられます。

# 用語  
FSHB:特発性不妊症の患者に対して、卵胞刺激ホルモンβサブユニット(FSHB)遺伝子のタイピングを診断のルーチン検査として実施することが推奨されてきています。FSHB-211 Tアレルの保有頻度が高いことが、不妊男性における卵胞刺激ホルモン(FSH)値の低下と関連していることが確立されているためです。FSHB c.-211 G/Tとは、FSHB遺伝子のプロモーター領域の−211番目の塩基がGからTに置き換わった一塩基多型(SNP)を指します。 

私見と解説

私は日常診療の中で、「精液検査が正常だから問題ありません」と結論づけてしまうことには慎重であるべきだと考えています。WHO基準を満たす“正常精液所見”は統計学的な基準値に過ぎず、妊娠成立を保証するものではありません。実際に、精液所見が正常であっても妊娠に至らないカップルは少なくありません。 
今回の報告でも示されているように、正常精液所見であっても、性腺機能低下症や肥満、性機能障害、さらには遺伝学的背景などが一定の頻度で存在します。つまり、精子の「数・運動率・形態」といった従来のパラメータだけでは、男性生殖機能の全体像は評価しきれないということです。 
さらに重要なのは、精子の“質”をより分子レベルで評価する視点です。精液検査が正常でも、DNA fragmentation index(DFI)が高値である症例や、static oxidation-reduction potential(sORP)が上昇している症例を一定数経験します。これらは通常の精液検査では把握できませんが、受精率や胚発育、流産率との関連が報告されており、臨床的意義は無視できません。 
特に酸化ストレスは、精子DNA損傷やミトコンドリア機能低下の背景因子として重要であり、生活習慣、肥満、炎症、環境要因などとも密接に関係します。通常の精液所見が正常であっても、酸化還元バランスが破綻している可能性は十分にあります。その意味で、DFIやsORPの評価は「見えない異常」を可視化する検査と言えます。 
また、性腺機能低下症は妊孕性だけでなく、将来的な代謝異常や心血管疾患リスクとも関連します。不妊外来は、男性の全身健康を評価する重要な入り口でもあります。精液検査のみで診療を終えてしまうことは、健康リスクの早期発見の機会を逃すことにつながる可能性があります。 
不妊治療では女性側の治療負担が大きくなりがちですが、男性側を「正常」として診療から早期に外してしまうことが本当に妥当なのか、改めて考える必要があります。精液検査は重要なスクリーニングですが、それだけでは十分とは言えません。 
私は、通常の精液検査に加えて、内分泌評価、必要に応じてDFIやsORPといった精子機能検査を組み合わせることが、より個別化された男性不妊診療につながると考えています。男性不妊診療は、妊娠を目指す医療であると同時に、男性の将来の健康を守る医療でもあるという視点が、これからますます重要になるのではないでしょうか。 

文責:小宮顕(亀田総合病院 泌尿器科部長)

お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。

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亀田総合病院 泌尿器科部長

小宮 顕

亀田総合病院 泌尿器科部長(男性不妊担当) 生殖医療専門医・生殖医療指導医。男性不妊診療を専門的に従事する。本コラムでは男性妊活の参考になる話題を紹介している。

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