
はじめに
帝王切開後の回復促進(Enhanced Recovery After Cesarean: ERAC)プロトコルは、2013年に初めて報告され、エビデンスに基づく介入によりケアのばらつきを減少させ、母体・新生児のアウトカムと患者体験を改善することを目的としています。帝王切開は現在、世界中で最も多く実施される入院手術です。本ガイドラインは2019年に発表されたERAS Societyガイドラインの初回更新版であり、術前・周産期ケアにおける6つの推奨事項を提示しています。
国内の現状と完全に一致するわけではないことは医療資源や保険診療上の問題であることをご理解ください。
ポイント
患者・スタッフ教育、母体合併症の最適化、術前皮膚消毒、絶飲食管理、炭水化物ドリンク投与の6項目により、帝王切開の安全性と患者体験が向上します。
引用文献
Wilson RD, et al. Am J Obstet Gynecol. 2026 Jan;226:S153-S169. doi: 10.1016/j.ajog.2025.01.014.
論文内容
目的・方法
本ガイドライン更新は2024年9月にERAS Society Guideline Committeeにより承認されました。文献検索(2017年1月〜2024年9月)はEmbase、PubMed、MEDLINE等のデータベースを使用し、ランダム化比較試験と大規模観察研究(800人以上)に焦点を当てました。エビデンスの質と推奨はGRADEシステムに従って評価されました。
アウトカム
帝王切開における術前・周産期ケアとして6つの介入が推奨されました。
1. 患者教育(エビデンス:非常に低〜低、推奨:強)
帝王切開について、患者が理解できる言語で、文化的背景を考慮した情報を提供すべきです。術前の患者教育は、特に入院前の期待値設定において、患者の不安を軽減し、体験を改善する可能性があります。
2. 多職種スタッフ教育(エビデンス:低、推奨:強)
ERACケアを最適化するために、看護師、助産師、外科医、麻酔科医を含む多職種チームの教育と協力が推奨されます。
3. 母体合併症の最適化(エビデンス:中等度、推奨:強)
帝王切開の必要性増加に関連する合併症の術前最適化が推奨されます。対象となる合併症は、貧血、肥満(BMI >30)、慢性高血圧(血圧<140/90 mmHgを目標)、糖尿病(空腹時血糖<95 mg/dL、食後1時間<140 mg/dL、食後2時間<120 mg/dL)、喫煙などです。
4. 術前皮膚消毒(エビデンス:中等度、推奨:弱)
手術前夜および当日朝に2%クロルヘキシジン(CHG)布で皮膚を清拭することが推奨されます。
5. 術前絶飲食(エビデンス:低、推奨:弱)
透明液体は手術2時間前まで、軽食は6時間前まで、高脂肪食・大量食は8時間前まで摂取可能です。
6. 術前非粒子性炭水化物ドリンク(エビデンス:低〜中等度、推奨:強)
糖尿病のない女性に対し、手術2時間前に400 mL(45〜56 g炭水化物)の非粒子性炭水化物ドリンクを提供すべきです。
私見
本ガイドラインは、帝王切開の術前準備を標準化する上で実践的な指針を提供しています。以下、各推奨事項について具体的に解説します。
患者教育について
「言語・文化に配慮した情報提供」とは、外国人患者への通訳・翻訳資料の用意、宗教的配慮(輸血への抵抗など)、読み書きが困難な患者へのビデオ・図解使用などを指します。帝王切開は様々な背景を持つ患者が対象となるため、画一的な説明では不十分という考えに基づいています。
母体合併症の最適化について
この介入の目的は2つあります。第一に、合併症がある状態で手術を行うと周術期リスクが上昇するため、術前に最適化することで手術そのものを安全にすること。第二に、糖尿病や高血圧を適切に管理することで、緊急帝王切開の適応自体を減らせる可能性があることです。
肥満(BMI >30)は妊娠前BMIを基準としますが、妊娠中は体重を「減らす」のではなく「体重増加を適正範囲に抑える」介入を行います。具体的には栄養指導、適度な運動、血糖モニタリング、頻回な妊婦健診などです。
術前皮膚消毒について
CHG布による清拭は、皮膚表面の細菌数を減らし、切開時に細菌が体内に入るリスクを下げることが目的です。「やり過ぎがよい」という意味ではなく、通常の入浴に加えてCHG布で拭くことで効果が得られるという考えです。ただし推奨は「弱い」であり、絶対的なものではありません。
絶飲食について
これは「直前まで取っていい」という緩和ルールです。従来は「前夜から絶食・絶飲」が一般的でしたが、研究により長時間の絶食は不要で、患者の不快感を軽減できることが示されました。
炭水化物ドリンクについて
目的は複数あります。(1)手術ストレスによるインスリン抵抗性の軽減、(2)術後悪心・嘔吐の減少、(3)患者の快適性向上(空腹感・不安の軽減、術後の戦慄減少)です。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。