
はじめに
反復着床不全(RIF)には、統一された定義はありません。当初は失敗した移植回数に焦点が当てられ、近年は患者背景や胚の正倍数性が定義に組み込まれています。正倍数性胚を反復移植すれば全患者が最終的に着床する可能性が高く、RIFは統計的確率にすぎないという議論もあります。今回、2026年ASRM委員会見解として、RIFの定義と根拠に基づく評価アプローチをご紹介いたします。
ポイント
RIFは「95%累積で妊娠検査陽性に達する良好胚盤胞数の移植で着床に至らない状態」と定義され、補正可能な原因がなければ過剰検査を避け、追加移植を進めることが推奨されます。
引用文献
Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Fertil Steril. 2026;125. doi: 10.1016/j.fertnstert.2026.03.026
論文内容
RIFの定義
用語の階層
着床(implantation):受精後5〜7日に始まる胚盤胞の子宮内膜への付着・浸潤。臨床的にはまず血中・尿中hCG陽性で捉えられる。
臨床妊娠(clinical pregnancy):着床が進み、超音波で妊娠嚢(GS)が確認された状態。
RPL(反復流産):生化学的流産を含む2回以上の妊娠喪失。RPLは「一度hCG陽性=妊娠が成立した後の喪失」を扱う。
RIF(反復着床不全):複数回の良好胚移植で着床が成立しない状態。RIFは「そもそも妊娠が成立しない(着床に至らない)」ことを扱う。両者は病態の異なる別疾患とされる。
RIFの統一定義は存在しない
当初は失敗した胚移植回数(≥2〜≥10)に着目し、近年は患者年齢・胚の正倍数性・累積着床確率(≥60%/≥95%)を組み込む定義が増えた。研究の多くは観察研究に留まる。
ASRMの立場
- 着床のマーカーをhCG陽性に統一して用いる。RIFを「95%累積で妊娠陽性(hCG陽性)に達する良好胚盤胞数を移植しても着床(hCG陽性)に至らない状態」と定義する。
- 着床マーカーをhCG陽性に置く利点は、hCG陽性に至った例(生化学的流産を含む)がRPL側に振り分けられ、RIFとRPLの定義上の重複を避けられること。ここがLugano定義との決定的な相違点。
- 妊娠陽性と判定するhCG値は検査室・アッセイにより異なりうるとされ、具体的な数値カットオフは示されていない。
- 実務上の目安:正倍数性胚移植3〜6回の失敗、または年齢に応じた未検査胚移植回数の失敗でRIFと定義。
原因
遺伝的原因:
- 異数性・両親染色体 ・正倍数性胚は胚盤胞発生率が有意に高い
- RIF集団でPGT-Aが着床・出生率を改善するとの研究はない。
- 両親の構造異常(相互転座・ロバートソン転座)は原因となりうる。
精子DNA断片化
- RPLでは原因となりうるが、RIFとの関連を示すエビデンスは乏しい。RIF集団での精子DNA断片化検査は推奨されない。
構造的原因
- 移植前の子宮腔評価(中隔・ポリープ・筋腫・癒着の除外)は確立した手順。ソノヒステログラフィーはHSGより多くの異常を検出、3D経腟超音波も信頼できる。卵管留水症・腺筋症も着床不全の原因となりうる。
- RIF後の子宮腔再評価の要否は不明だが、内膜菲薄例では有用な可能性。
- ソノヒステログラフィー・子宮鏡・HSG・3D超音波での再評価は妥当。
- ポリープ:受容能・着床に悪影響とする中等度エビデンス。IUI前ポリープ切除で妊娠率上昇だが、IVF前切除で着床・出生率改善のエビデンスは乏しい。
- 筋腫:粘膜下筋腫は着床率を低下。内腔非変形の筋層内筋腫は2018年メタアナリシス(9,189周期)で出生率(RR 0.82)・臨床妊娠率(RR 0.86)・着床率(RR 0.90)低下、2〜6cmで出生率低下だが治療指針は不十分。子宮鏡下でのポリープ・粘膜下筋腫除去は妥当。
子宮内膜症・腺筋症 ・内膜症
- 妊娠率改善に腹腔鏡またはGnRHアゴニストが有効との報告だがART対象ではない。
- BCL-6は内膜症で上昇し不良予後と関連するが、FETプロトコルにより値が変動し妥当性に疑問。RIFでのルーチンBCL-6検査は非推奨。
- 腺筋症は不妊女性の最大25%に存在しRIFで多い。外科治療またはGnRHアゴニスト前処置で妊娠率上昇の報告だがRIF特異的でない。
- 腺筋症・内膜症疑いのRIFでGnRHアゴニスト+アロマターゼ阻害薬前処置を考慮しうる。
胚移植の技術的問題
- 困難な胚移植で臨床妊娠が24%以上低下。頸管狭窄が最多原因で、移植3週前以上の頸管拡張で妊娠率上昇。
- ASRM胚移植ガイドライン(経腹超音波、ソフトカテーテル、頸管粘液除去、底部から>1cm、留置後即抜去)の遵守を推奨。
ホルモン的原因・プロゲステロン
- プロゲステロンは着床に必須。RIF特異的な至適補充の研究は限られる。RIFでの特定の補充プロトコルを推奨するデータは不十分。
子宮内膜受容能検査(ERA)
- RIFでのERAルーチン使用は推奨されない。
腟・子宮内膜微生物叢
- 子宮腔・胎盤も細菌が定着し、通常はLactobacillus(L. iners, L. crispatus)優位。乳酸菌は乳酸・バクテリオシン・過酸化水素で病原体を抑制。
- Lactobacillus非優位(<90%)では着床率(60.7% vs. 23.1%; P=.02)、妊娠、継続妊娠率(58.8% vs. 13.3%; P=.02)、出生率(58.8% vs. 6.7%; P=.002)が有意に低下。
- 原因不明RIFで腟Lactobacillusが妊娠率と正相関し、RIF群で微生物多様性が高い。スクリーニング・治療の適否はさらなるデータが必要。
慢性子宮内膜炎(CE)
- 子宮腔がRIFの原因として検討されてきた。CD138陽性形質細胞で診断するが形質細胞数の統一基準はない。子宮鏡(感度86%・特異度87%)や培養も用いられる。主起因菌はE. coli, E. faecalis, S. agalactiaeで抗菌薬治療が標準。
- RIFでのCE検査・抗菌薬治療を支持する観察的エビデンスはあるが、RCTが必要。
子宮内膜スクラッチ
- 局所内膜損傷が着床を促すと提唱。
Vitagliano 2018メタアナリシスでは全体で出生率上昇(RR 1.38, 1.05–1.80)だがFET周期では差なし。200例のRCTでは損傷群51% vs. 対照36%(P=.032)だが、1,364例の大規模RCT(2019)では差なし(aOR 1.00, 0.78–1.27)、≥2回FET失敗例でも有益性なし。総じて内膜スクラッチは無効で推奨されない。
血栓性素因・免疫療法
- APAS(抗リン脂質抗体症候群)とRIFの明確な関連はなく、ヘパリン/低分子ヘパリンの有益性も相反。ルーチン検査・抗凝固は支持されない。
- IVIG、intralipid、G-CSF、etanerceptいずれもエビデンス不十分。
子宮内hCG注入は15 RCT・2,736例のメタアナリシスで出生率上昇(44.89% vs. 29.76%; OR 1.89, 1.41–2.53)だが方法・用量が不均一でRIF特異的な高質データはなし。
PRPも定義・用量・時期が不均一で対照群欠如が多く、支持するエビデンスは不十分。
生活習慣
- 喫煙は妊娠率低下・採卵数40%減
- 着床率とOPR 50%低下と関連。不妊治療前の禁煙を推奨。
- 肥満は内膜受容能・脱落膜化を変化させBMI増加とともに転写産物変化が大きい。ただし移植周期間の減量で成績改善を示さない研究もある。妊娠前の適正体重化を推奨するが加齢の影響とでバランスをみながら相談。
- 飲酒は採卵数13%減・不妊2.86倍・流産2.21倍と関連。妊娠中は安全域がなく禁酒を推奨。
私見
RIF定義そのものが最大の争点です。
ASRMは着床マーカーをhCG陽性に一本化することでRPLとの境界を明確化しました。この「hCGで切る」設計は、RIFとRPLを別病態として評価・治療体系を分ける本見解の一貫した姿勢の表れであり、臨床的にも合理的と考えます。本見解のもう一つの意義は、乱立していたRIF定義を「正倍数性胚で3〜6回目安」に整理し、かつ「補正可能原因がなければ過剰検査は不要」と明言した点にあります。
患者様の不安は理解しますが、RIFにおいても無選別に多数の検査・免疫療法を早期から進めることには私自身違和感を感じます。本見解の「まず補正可能原因の同定、なければ移植を継続」という方針は、不必要なアドオン回避は真っ当な意見だと思う反面、患者様の心象を考えて適正な医療提供を心がける必要があります。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。