
はじめに
RIF(recurrent implantation failure)は長らく「明確な定義のない病名」で、移植胚数や失敗回数をもとに医師の判断で漠然と使われてきました。この数年で、これを整理し直す3つの重要文書が相次いで登場しています。不妊診療を始めたばかりの方向けに、時系列と「ESHRE 2023 vs ASRM 2026」という軸で違いを解説します。
ポイント
RIFは「固定基準の疾患」から「年齢・正倍数性を加味した累積着床確率」で捉える概念へ移行し、ESHREは累積>60%で精査を検討、ASRMは累積95%(正倍数性胚3–6回)到達までは診断せず標準移植の継続を推奨します。患者様と相談の上、適切な医療情報を提供し、そのうえでアドオン検査・治療をおこなっていくことが必要だと考えられます。
引用文献
- ESHRE Working Group on Recurrent Implantation Failure. Hum Reprod Open. 2023;2023(3):hoad023. doi: 10.1093/hropen/hoad023.
- Practice Committee of the American Society for Reproductive Medicine. Fertil Steril. 2026. doi: 10.1016/j.fertnstert.2026.03.026.
- Pirtea P, et al. Fertil Steril. 2023;120(1):45-59. doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.02.014.
論文内容
時系列──思想形成の流れで捉える
提言は数年がかりで準備されるため、公表年をそのまま並べるより、思想が形成された順で捉えると理解しやすくなります。ここでは ESHRE good practice recommendations → ルガーノ・ワークショップ → ASRM committee opinion という流れで整理します。
- ESHRE good practice recommendations(Hum Reprod Open 2023;hoad023)。
RIFに関する初のESHRE公式提言。RIFを「ARTの二次的現象」と位置づけ、患者ごとの累積予測着床確率にもとづく個別化された60%基準を採用しました。固定回数の定義から個別化へ、という発想の転換をいち早く打ち出した文書です。 - ルガーノ・ワークショップ(2022年7月開催、Fertil Steril 2023;120:45–59として公表)。
欧米の専門家27名が集まり、「真のRIFは不妊カップルの5%未満で、大半は統計的な錯覚」と結論。正倍数性胚を3回移植すれば累積着床率は約95.5%に達する(Pirtea 2021)ため、それ以前にRIFという病名をつけるべきでないと提唱し、95%基準の理論的土台を固めました。 - ASRM committee opinion(Fertil Steril 2026)。
ルガーノの95%基準の概念をほぼそのまま公式定義に取り込みました(正倍数性胚3–6回、または年齢別の未検査胚数)。
共通する「考え方の転換」
次の点で足並みが揃っています。
- 固定基準 → 累積確率:
「移植胚〇個」「失敗〇回」という一律基準をやめ、「年齢と胚の正倍数性を加味した累積着床確率(期待値)」で個別に考える。この発想はESHRE(2023)が起点として明確に打ち出し、ルガーノ・ASRMへと引き継がれました。 - RIFとRPL(不育症)を分離方向:
基準はきまっていませんが、線引きをしようという流れにはなっています。 - 多くのアドオンは非推奨で一致:
内膜スクラッチ、ERA等の受容能検査、免疫・血栓治療(IVIG、G-CSF、イントラリピッド、PBMC、PRP、ヘパリン)、精子DNA断片化検査など。
ESHRE 2023 と ASRM 2026:軸となる違い
| 項目 | ESHRE(2023) | ASRM(2026) |
|---|---|---|
| 閾値 | 累積予測着床確率が>60%で妊娠未達なら精査を検討 | 95%の累積着床確率に達する良好胚数移植不成功 |
| 具体的回数 | 個別のPR・年齢から算出 | 正倍数性胚3–6回、または年齢別の未検査胚数 |
| 閾値の性格 | 早めに立ち止まる「基本の見直し」の目安 | 過剰診断・過剰治療を防ぐ「防波堤」 |
| 着床の定義 | hCG陽性(早期妊娠) | hCG陽性 (ルガーノの胎嚢基準より緩め=不育症との重複を回避) |
なぜ閾値が違うのかが最大のポイントです。思想形成の順で見ると理解しやすくなります。まずESHRE(2023)は、Ata 2021が提唱した95%という考え方を認識したうえで「95%は研究には有用だが、そこまで累積確率が積み上がる患者はごく少数で臨床的な実用性に乏しい」とし、あえて60%を実務的な目安に選んだと明言しています。その後ルガーノがPirtea 2021をもとに95%基準を理論的に固め、ASRM(2026)がこれを公式定義として採用しています。
なお、着床の定義でも差があります。ルガーノは胎嚢確認を基準としたため生化学的流産もRIFに含まれますが、ASRMはhCG陽性を着床の指標とし、生化学的流産を着床成立側に分類してRPLとの重複を避けています。ここではESHREとASRMが揃っています。
検査・治療での代表的な相違点
- APA/APS検査:
ESHREはリスク因子があれば推奨・なくても考慮可。
ASRMはルーティン検査を支持する十分なデータはないとより否定的。 - GnRHアゴニスト+アロマターゼ阻害薬の経験的前投与(子宮内膜症・腺筋症疑い):ASRMは「考慮してもよい」(Steiner 2019の後方視的コホートに基づく限定的根拠)。ESHREは「経験的使用は非推奨」。同じ一つの後方視的研究の評価が、両学会で分かれています。
私見
ESHREの60%とASRMの95%は「対立」ではなく、同じ軸の上にある考えと理解すればわかりやすいです。一度違和感を感じ始める時期が60%、強く母体因子など介入をしなくてはいけない確信時期が95%というところでしょうか。
60%ライン(ESHRE)に到達したら、生活習慣の再評価含めて負担の少ない精査・介入を検討しはじめます。ここで明らかな異常がなければ、「統計的にはまだ何も介入しなくても妊娠・出産の可能性がある」と情報提供していきます。そして95%ラインに達したら積極的にアドオン検査・加療を検討していくのが妥当と考えます。ただ、日本では保険診療内で胚移植できる回数がきまっていますから、患者様に情報提供のうえ必要に応じて介入時期を検討していくのが必要だと感じています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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