はじめに
プロゲステロンは、子宮内膜を分泌期に変化させ、受精胚の着床と妊娠初期の維持を可能にする不可欠なホルモンです。自然周期では、着床が起こると胚から分泌されるhCGが黄体を支え、プロゲステロン分泌が続きます。しかし体外受精では、hCGトリガーという「外から入れたhCG」が黄体期前半のプロゲステロン分泌を左右します。その1に続き、今回はhCGトリガー後のhCGとプロゲステロンの動きを時間軸で追い、着床の時期に何が起きているのかを整理いたします。
ポイント
hCGトリガー後はプロゲステロンが自然周期より早く・約10倍高く上昇し、ピークも約2日早まる一方、着床時期にはhCGが生理的LH濃度を下回るため、着床の窓のずれと黄体補充の個別化が課題となります。
引用文献
Claus Yding Andersen, et al. Fertil Steril. 2020 Aug;114(2):200-208. doi: 10.1016/j.fertnstert.2020.05.022.
論文内容
以下の数値は主にVuongらの研究に基づいています。GnRHアンタゴニスト法で卵巣刺激を行い、卵胞の最終成熟に6,500 IUの遺伝子組換えhCGを投与された160人の女性が対象です。全例が何らかの理由で全胚凍結となり新鮮胚移植を受けなかったため、黄体補充が一切行われておらず、トリガー後0、12、24、36時間、および採卵後6日目まで毎日、hCGとプロゲステロン濃度が測定されました。これにより、臨床の場で黄体期前半のhCG濃度が初めて詳細に把握されました。
hCG濃度はどう動くか
hCGの最高濃度は投与19時間後で140 IU/L、投与12時間後の平均濃度は126 IU/Lでした。自然周期ではLHのピークはサージ開始24時間後に平均40~60 IU/L、12時間後は約25 IU/Lですから、排卵誘発12時間後の時点でLH様活性は自然周期の平均5倍ということになります。曲線下面積で比較しても、最初の48時間はhCGトリガーのほうが約5倍強いシグナルを与えています。ただし個人差は大きく、ピーク濃度は40 IU/Lから300 IU/L超まで幅があります。全員に有効なトリガーとするには6,500 IUが必要ですが、その結果として多くの女性が過剰に強い黄体刺激を受けることになります。
実際にGnRHアゴニストトリガーとhCGトリガーを比較した研究では、採卵時のプロゲステロン濃度がhCG群でアゴニスト群の3倍高かったことが示されています。つまりhCGトリガーでは、子宮内膜が高濃度のプロゲステロンにさらされる時期が黄体期のかなり早い段階に前倒しされ、内膜の早期進行(advancement)が起こりうるということです。
一方、採卵後4日・5日・6日のhCG中央値はそれぞれ8.2、4.6、2.4 IU/Lでした。黄体期のLH様活性の生理的濃度を約5 IU/Lとすると、この時点で5 IU/L未満となっている女性はそれぞれ17%、59%、89%にのぼります。したがってほぼ全例で、着床が起こる採卵後4~6日にはプロゲステロン分泌への刺激が低下しており、しかもこの時期は着床しつつある胚からのhCG分泌もまだごくわずかで黄体には作用しません。自然周期ではまさにこの時期にプロゲステロンがピークを迎えるのとは対照的で、外因性の黄体補充が広く行われている根拠がここにあります。ただし多くの黄体補充法では、血中プロゲステロン濃度の上昇はわずかにとどまります。
プロゲステロン濃度はどう動くか
自然周期の黄体期では、プロゲステロンが25 nmol/Lを超えれば排卵が起こり着床を支持するのに十分と考えられ、通常は黄体中期にこの濃度に達します。しかしVuongらのデータでは、hCGトリガー後のプロゲステロンは、自然周期の黄体期ピーク濃度(40〜50 nmol/L前後)を排卵誘発後12〜24時間、すなわち採卵前の時点で既に超えていました。自然周期では排卵誘発後24時間までは平均5 nmol/L未満にとどまり、その後ゆっくり上昇するのとは大きく異なります。
この黄体期初期の急激な上昇は、卵巣刺激により複数の排卵前卵胞が存在すること、大量のhCGにさらされること、さらに卵巣刺激で超生理的なFSH濃度にさらされた卵胞は顆粒膜細胞のLH受容体発現が通常周期より高く、hCGに過敏になっていることを反映しています。
子宮内膜の早期進行
複数の研究で、卵巣刺激では採卵日の時点ですでに子宮内膜が進行していることが示されています。2つの研究では採卵日で平均3日の進行が、別の1研究では約6日の進行が認められ、後者では黄体中期まで持続していました(いずれもNoyes基準)。少数例の検討ではありますが、内膜の進行が3日を超えた患者では妊娠が1例も得られなかったという報告もあります。したがって、卵巣刺激とhCGトリガー後の早期プロゲステロン上昇は着床の窓を前倒しし、胚と子宮内膜の非同期を生じ、着床率低下の一因となっている可能性があります。
プロゲステロンのピークはいつか
平均的なピークは採卵後4日でしたが、個人差が大きく認められました。採卵後2日でピークとなったのが1人(1%)、3日が28人(18%)、4日が62人(39%)、5日が46人(29%)、6日が23人(14%)で、5人に1人はすでに採卵後2~3日にピークに達しており、自然周期でピークが期待される時期より前にピークを迎えた女性は合計85%にのぼりました。ピーク日から採卵後6日までのプロゲステロン平均減少率は、ピークが3日・4日・5日の場合でそれぞれ58%、55%、48%で、5日にピークとなった患者では5日から6日にかけて平均で半減する急峻な低下がみられました。
ピーク濃度は平均426 nmol/L、中央値340 nmol/L(採卵後4日)で、これは自然周期の黄体期の約10倍にあたります。排卵誘発時に14 mmを超える卵胞が平均11個あったことを反映しており、黄体1つあたりの産生量は自然周期と同程度でも、総量として10~15倍になっていると考えられます。興味深いことに、ピーク濃度はピーク日がいつであってもほぼ同等でした。これは黄体が強いhCG刺激下で最大産生をしている一方、顆粒膜黄体細胞の感受性(LH受容体発現)に個人差があることを示唆します。濃度の幅も大きく、採卵後4日では79~805 nmol/Lに及びました。さらに、プロゲステロンがピークに達する時点でhCG濃度は140 IU/Lから9 IU/L程度まで低下しており、両者に時間差があることはホルモン動態を理解するうえで重要です。
臨床成績との関係と今後
着床時期(採卵後6日)のプロゲステロン濃度と継続妊娠率の関係を調べた研究では、一定の閾値を下回ると早期妊娠喪失が増え継続妊娠率が低下するとする報告、逆に高すぎても成績が低下するとする報告、関連を認めない報告が混在しています。しかしVuongらのデータでは、患者の3分の2が採卵後4日から6日にかけてプロゲステロンが低下し、4割以上は50%を超える低下を示していました。したがって、絶対値と低下速度のどちらが重要なのかを含め、何が成績を左右するのかを決めることは容易ではありません。
トリガー後12時間・24時間のプロゲステロン値が、その後採卵後6日までのすべての時点のプロゲステロン濃度を最もよく予測しました。したがってこの2点の測定を黄体補充の個別化に活用できる可能性があります。また、hCG濃度が低くなるリスク因子としてBMIが挙げられ、クラスター解析では、トリガー12時間後のhCG・プロゲステロンが最も低い群は、BMIが有意に高く、刺激期間が短く、AMH値と11 mm以上・14 mm以上の卵胞数が有意に少ないという特徴を持っていました。BMIの高い女性はhCGの低下が速く、追加の黄体補充を要する可能性があります。
プロゲステロンは「早すぎず、遅すぎず、低すぎず」適切な時期に適切な量で存在する必要があり、今後さらなる研究が必要とされています。
私見
着床時期に黄体刺激が最も弱くなるという事実は、黄体補充が「念のため」ではなく必須である根拠を明確に示しています。
- 支持する立場:黄体中期のプロゲステロン低値が新鮮・凍結いずれの周期でも成績を悪化させるとする報告(Thomsen LH, et al. Hum Reprod. 2018;Yovich JL, et al. Reprod Biomed Online. 2015)、内膜の早期進行が3日を超えると妊娠が得られなかったとする報告(Kolibianakis E, et al. Fertil Steril. 2002)。
- 慎重な立場:黄体期初期のプロゲステロンと臨床成績の関連は一定せず(Netter A, et al. PLoS One. 2019)、閾値の設定自体が確立していない点。
臨床的には、hCGトリガーの非生理性を避ける最も実際的な方法が全胚凍結+凍結融解胚移植であることはこれらの結果からも明白です。新鮮胚移植を行う場合には、本論文の指摘を踏まえてトリガー後早期のプロゲステロン測定を黄体補充の調整に活かす余地があると考えています。
文責:川井清考(WFC group CEO)
お子さんを望んで妊活をされているご夫婦のためのコラムです。妊娠・タイミング法・人工授精・体外受精・顕微授精などに関して、当院の成績と論文を参考に掲載しています。内容が難しい部分もありますが、どうぞご容赦ください。当コラム内のテキスト、画像、グラフなどの無断転載・無断使用はご遠慮ください。