
はじめに
分娩誘発(IOL)の成功は子宮頸管の成熟度に大きく依存します。バルーンによる分娩誘発は、安全かつ有効で費用対効果に優れた方法として知られていますが、24時間以内の分娩到達率がやや低く、誘発失敗や緊急帝王切開を要する可能性があるという限界も指摘されています。経産回数、Bishopスコア、妊娠前BMIなどの臨床的因子に加え、腟内細菌叢が局所の補体活性化や炎症シグナルを介して頸管熟化に関与する可能性が報告されています。さらに遺伝的因子も早産リスクや腟内細菌叢構成に影響を及ぼすことが示唆されています。今回、メタゲノム解析とGWASを組み合わせて、計画的バルーン誘発分娩の予後と腟内細菌叢・遺伝的因子との関連を検討した多施設前向きコホート研究をご紹介いたします。
ポイント
妊娠後期の腟内Lactobacillus iners優位はバルーン誘発の総時間延長と24時間以内分娩到達率低下に関連し、L. crispatusは予後良好と関連する可能性が示されました。
引用文献
Hu S, et al. Am J Obstet Gynecol. 2026 Jun;234(6):1740-1758. doi: 10.1016/j.ajog.2026.01.026.
論文内容
妊娠後期の腟内細菌叢が計画的分娩誘発の母児予後に及ぼす影響を、メタゲノムシーケンスとGWASを用いて検討することを目的とした多施設前向きコホート研究です。
2022年10月から2024年6月に、中国の5つの三次医療施設において、頸管バルーンとオキシトシンの逐次併用による計画的分娩誘発を受けた妊婦635例を登録しました。妊娠・分娩期間全体の臨床データと、分娩誘発前の腟・頸管分泌物サンプルを収集しました。まず全例の腟内細菌叢の特徴をメタゲノムシーケンスにより解析し、続いて腟内細菌叢の差異がIOL予後に及ぼす影響を検討しました。次にネステッドケースコントロール研究として、ヒト全ゲノムシーケンスとGWAS解析を実施しました。最後に妊娠ラットを用いた腟内細菌叢移植(VMT)実験により、腟内細菌叢が分娩予後に及ぼす効果を検証しました。Bishopスコアは6未満を対象とし、IOLの禁忌、母体年齢20歳未満および40歳超、妊娠中のプロバイオティクス使用、サンプル採取2週間前以内の抗菌薬使用などは除外されました。
結果
対象635例の最終的な分娩予後内訳は、167例(34.4%)が24時間以内に経腟分娩、318例が24〜72時間で経腟分娩、50例(7.9%)が誘発失敗により帝王切開、100例(15.7%)がその他の適応(胎児心拍異常、分娩停止、母体適応など)により帝王切開となりました。バルーン留置前のBishopスコア平均4.57が、抜去後には6.19に上昇しました。最終的な帝王切開率は23.6%でした。
腟内細菌叢の主要11菌種が同定され、L. crispatusとL. inersが2大優位菌でした。24時間以内の分娩確率はL. iners量と負の相関(P<0.001)、誘発失敗はR. mannitolilytica量と負の相関(P=0.039)を示しました。帝王切開率はL. crispatus量と正の相関(P=0.03)が認められました。バルーン留置から分娩までの時間はL. inersと正相関(P=0.002)、L. crispatusとは負の傾向(P=0.08、非有意)を示しました。母体年齢、妊娠週数、母体身長、妊娠前BMI、児出生体重で調整した多変量線形回帰解析では、バルーン留置から分娩開始までの時間および分娩までの時間がL. iners量と有意に正相関(それぞれP=0.012、P=0.014)、24時間以内分娩確率はL. iners量と負相関(P=0.048)が確認されました。一方、R. mannitolilyticaと誘発失敗(P=0.40)、L. crispatusと帝王切開(P=0.29)の線形関係は有意ではありませんでした。
媒介分析の結果、3つの代謝経路(PWY-7790: UMP生合成II、PWY-7791: UMP生合成III、PWY-5097: L-リジン生合成VI)が、L. inersと24時間以内分娩確率の負の相関をそれぞれ83%、83%、82%媒介していました(P=0.040、0.048、0.042)。
GWAS解析では、染色体1、4、8、10上にIOL予後と関連するSNPが集中しており、ゲノムワイド有意(P<1×10⁻⁷)に達した領域として、ZNF33B(chr10)の3つのSNP(rs12265792、rs17157476、rs12261168)が誘発失敗と関連(β=−0.19〜−0.21)、C1orf116のrs901107が分娩第3期短縮と関連(β=0.24、P=6.75×10⁻⁸)、CSMD1のrs270087が分娩第3期延長と関連(P=1.08×10⁻⁶)、chr4:18.6Mbの遺伝子間rs2320729が誘発失敗と強く関連(P=1.22×10⁻⁷)していました。KEGG解析ではSNX9とRELNを含むタンパク質キナーゼ活性制御経路に有意な濃縮が認められました。
ネステッドケースコントロール解析では、誘発失敗群(A群)と24時間以内分娩群(B群)から各50例を傾向スコアマッチングで選出しました。A群はB群と比較してバルーン留置時間が長く(P=0.047)、バルーン抜去後の頸管スコアは低値(P<0.001)でした。A群ではL. iners量が有意に高く(P=0.002)、L. crispatus量が有意に低い(P=0.01)結果でした。
ラットVMT実験では、24時間以内に分娩した初産女性10名由来の腟内細菌叢サンプル(B群用)と、IOL失敗初産女性10名由来のサンプル(A群用)を選定し、各群10検体を混合してPBSを添加し移植用菌液を調製しました。妊娠ラット24匹を各8匹の3群に無作為に割り付け、妊娠中期に2回(E8.5、E12.5)、A群およびB群には各菌液120 μLを、C群(対照)にはPBS 120 μLを腟内に注入しました。E18.5から分娩過程をビデオ撮影し、分娩開始時期、分娩所要時間、産仔数、児体重を記録しました。移植サンプルの菌叢構成解析では、A群はL. iners優位、B群はL. crispatus優位であることが確認されました。分娩開始時期(P=0.52)および産仔数(P=0.38)には3群間で有意差を認めませんでした。一方、分娩所要時間には有意差があり(P=0.0003)、A群が最も長く、次いでB群、C群が最も短い結果でした。児体重についてはA群とB群間に差はなかったものの(P=0.71)、C群はA群およびB群と比較して有意に重い結果でした(いずれもP<0.0001)。また、A群では2匹が難産により死亡しました。
私見
L. inersは合併症のない妊娠では中立的であるとする報告がある一方(Lu S, et al. BMC Microbiol, 2024)、細菌性腟症、頸管短縮、早産との関連を示す報告も多く(Fettweis JM, et al. Nat Med, 2019)、その毒素であるinerolysinやムチン分解酵素による上皮バリア障害が機序として推定されています。L. inersはL. crispatusと比較して脂肪酸代謝関連遺伝子を欠き、乳酸産生能や病原体排除能が弱いことも報告されており(Ji L, et al. Front Cell Infect Microbiol, 2022)、本研究で示された頸管熟化遅延・誘発時間延長との関連を支持する結果と考えられます。
ここで興味深いのは、頸管熟化に対するL. inersの作用は文脈により異なる方向性を示す点です。Kindinger LM, et al. Sci Transl Med, 2016では、頸管縫縮術ハイリスクコホートにおいてdysbioticな腟内細菌叢が妊娠中期の病的頸管短縮と関連することが超音波画像とともに示されました。一方、本研究は正期産における計画的誘発時の生理的頸管熟化を対象としており、L. iners優位は頸管熟化の不十分さ・誘発時間延長と関連しました。両者の方向性は一見矛盾しますが、L. inersが「妊娠中期の不安定環境では炎症を惹起し病的頸管短縮を促進する一方、正期産時には十分な生理的頸管熟化の駆動因子としては機能しない」という二面性を持つ可能性が示唆されます。L. crispatus優位は両時期において上皮バリアと適切な免疫環境を維持し、結果として早産リスク低減と正期産時の良好な誘発予後の両方に寄与すると解釈できると思われます。
文責:川井清考(WFC group CEO)
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